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今回のコラムでは高額所得者と婚姻費用をめぐる問題について取り上げます。
婚姻費用分担義務とは、配偶者に自己と同程度の水準の生活を保障する義務です(民法第760条)。
そしてこの婚姻費用の問題は、経済的な負担もさることながら、その後の離婚の成否(離婚に応じてもらえるか)そのものにも関わる重要な論点です。
また、婚姻費用には様々な算出方法がありますが、富裕層世帯の方はその収入の高さから、一般的な算出方法は馴染まないケースがほとんどです。
さらに、誤った算出方法や合意によって、離婚ができないまま長期間高額の婚姻費用を支払うことになる、いわゆる婚姻費用地獄(婚費地獄)に陥る危険性もあります。
ここでは、富裕層などの高額所得者の方と婚姻費用をめぐる問題を中心に取り上げたいと思います。
富裕層など高額所得者の婚姻費用問題には特殊な論点がたくさんあります。
正しく解決するためには、そうした論点に精通していなければいけません。
誤った対応をすれば、別れることそのものやその条件の問題にも悪影響を及ぼしてしまうかもしれません。
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婚姻費用とは、夫婦生活を営むうえで必要な一切の費用をいいます。また、算定は、次のように行います。
まず、夫婦双方の総収入から、公租公課、職業費(被服費、交通費等)、特別経費(住居に要する費用、医療費等)などの必要経費を控除して算出される額(この額を「基礎収入」といいます。)を算出します。
通常は、当事者個々の総収入に応じて、定められた所定の割合を乗じて算出されます。
例えば、給与所得者でその所得が2000万円であれば38%を乗じて760万円が基礎収入と算出されます。1000万円であれば40%を乗じて400万円が基礎収入と算出される、といった具合です。
その上で、次に夫婦双方の基礎収入の合計額を一定の数値(生活費指数)で按分して算出される額から、権利者世帯の基礎収入を控除して算出します。
生活費指数は、夫婦はそれぞれ100%、子供がいる場合には年齢に応じて異なります。14歳以下の場合には62%、15歳以上の場合には85%です。
例えば、14歳の子供が一人いるご家庭で、妻が子供と一緒に暮らしており、夫は別居しているというケースを前提にすると次のとおりです。
この夫が給与所得を2000万円得ているとその基礎収入は上記の通り760万円となります。妻が家事専業者として所得が0であるときには、権利者世帯の基礎収入は0円ですから、世帯全体の基礎収入合計額は760万円と算出されます。
これを生活費指数で按分すると世帯全体が262(100+100+62)で、妻と子供の方が162(100+62)ですから、469万9237円と算出されます。これを一月あたりに直すと約39万1603円となります。
この算出方法にのっとり、さらに一見してわかりやすく表にしたものが婚姻費用算定表です。裁判所のホームページにて公開されており、どなたでも閲覧できます。こちらをご参照ください。
Q1の計算式や算定表は簡易で便利なものです。
ただ、基礎収入を算出するときに用いる基礎収入係数も、前提にする生活費指数も擬制されたものです。
これらは統計から得られたものであり合理性はあるものですが、統計の対象は全国民世帯に及ぶものではありません。
つまり、この算定において前提とされている当事者の所得は給与所得者については2000万円、自営業者については1567万円の場合までです。
これを超えた場合の所得に用いるべき基礎収入計数は用意されていないのです。
実際、婚姻費用算定表も2000万円までしか記載されていません。
そのため、当事者の年収がこの額を超える場合、婚姻費用の算出にあたっては別途の考慮が必要となります。
これが高額所得者の婚姻費用の論点の一つとなります。
高額所得者の方の婚姻方法の算出方法には、例えば次のような考え方があります。
どの方法が採用されるかは、各ケースの具体的な事案により異なります。
例えば、年収が1億円を超えるなど2000万円を大幅に超える場合には、③同居中の生活レベル等を考慮して算出する見解が採用される傾向にあります。
上記Q3の②の計算方法に基づいて婚姻費用が算出した結果が実際の生活費を著しく超えることがあります。
例えば月80万円で生活しているものの、②の方法で計算をしてみると月200万円と算出されるようなことがあります。
こうした著しい乖離があるようなとき、裁判所が実際の生活費を考慮せずに判断することはまずありません。
実務上は、実際に夫婦共同生活中に要していた生活費よりもやや低めくらいの金額で算出されることが多い印象です。
従前から生活費を超える贅沢費を支出している場合、この費用がゼロと評価されることはありません。
この費用がどのように評価されるかについては、個別具体的な事情により異なりますが、贅沢費の支出が夫婦の総収入に照らして不当に高額であると認められない場合には、贅沢費全額の支出を考慮した上で、実際の生活費が算出されることとなるケースが多いです。
実際の生活費については、別居直前3ヶ月程度と、裁判所により判断が行われる直前3ヶ月程度の生活費の支出状況に関する資料の提出が求められることが多いです。
別居前、別居後両方の生活費の支出状況や、その前後で金額や費目に変化がある場合にはその理由がどのようなものかなどを踏まえて、婚姻費用が算定されます。
費用を支出したことを示す客観的な資料をもとに実際の生活費を主張立証することとなります。
例えば、領収書やクレジットカードの利用明細等といった資料を用いて立証を行うこととなります。
裁判所から実際の生活費の支出状況に関する主張・資料の提出が求められた段階で、上記のような客観的な資料をもとに、月々の支出についてまとめた一覧表を作成することが多いです。
不貞行為、DV、モラハラなど婚姻関係破綻の原因を作出した配偶者を有責配偶者といいます。
有責配偶者の側からの離婚請求が認められるためには、相当長期間の別居期間が必要となる傾向があります。
ケースによりますが、10年間程度の別居期間を求められる場合が多いです。
このため、配偶者が離婚に合意しない場合には、例えば10年間程度、婚姻費用を支払い続けなければならない場合もあります。
配偶者から婚姻費用請求が行われるケースは、主として、本当に離婚するつもりはなく、配偶者や子ども自身の今後の生活を維持するのに必要な場合です。
一方で、本心としては離婚したいものの離婚条件をめぐる交渉戦略などを考慮して婚姻費用を請求される場合もあるでしょう。
離婚事件、特に資産家など富裕層の方々の離婚事件の多くは交渉、和解での決着を目指したいところです。
こうした交渉での決着のためには相手の合意、すなわち納得感が必要です。
この相手の納得感について、婚姻費用を請求してきているその本心がどのようなものかによって求められるものが大きく変わってきます。要するに、交渉のポイントが違います。
例えば、離婚条件として解決金を取り決める際、将来の婚姻費用相当分を考慮するか、どの程度考慮するかを交渉する際に違いが生じます。
まず、離婚条件をめぐる戦略上婚姻費用を請求されている場合です。
この場合の多くは、本心は離婚したいわけです。
すなわち再婚や様々な理由があるため、例えば10年間夫婦でいようという考えはないわけです。
こうした相手については将来の婚姻費用相当分を考慮せず他の離婚条件で調整したり、考慮するとしても例えば1年分程度で済ますといった着地になることが多いように思います。
なお、離婚するかどうかについてはそこまで関心がなく、専ら解決金を多額なものとすることに執心されている場合もあります。
こうした場合にはハードな交渉を強いられることもあります。
とはいえ、そうした事態に発展してしまうことはそう多くはない印象ではあります。
次に、本当に離婚したくないと思われている場合です。
この場合の多くは交渉戦略的な発想はないわけです。
そうした相手に離婚を納得してもらうということは、婚姻費用請求権を放棄することに合意してもらうことを意味します。
このため、配偶者のその婚姻費用請求権として認められるべき通常の法定基準よりも高い離婚条件の提案が必要になる場合もあります。
また、本当に離婚したくないと思われているケースでは、そもそもその理由が経済的な条件の問題ではないという場合もあります。
こうした場合、離婚条件をもって交渉するよりも、まずは別れることそのものについてコミュニケーションをとるべきでしょう。
ときには感情面の事情も適切に伝えていくことも必要でしょうし、一定の時間の経過に頼らざるを得ないこともあるでしょう。
配偶者が別居時に持ち出した財産の取扱いについては、財産分与で解決されるべき問題です。つまり、婚姻費用として取り扱われないのが原則です。
もっとも、配偶者が持ち出した財産の額が明らかであり、相談者自身も、持ち出された財産を配偶者が生活費として使用することに同意している場合には、持ち出された財産の額の分については、婚姻費用は支払い済みであると取り扱われることもあります。
また、持ち出した財産を配偶者が自由に使用できる状態にあり、そのような状態のまま、さらに相談者に対して婚姻費用の支払いを命じることが酷である場合にも、持ち出した財産の額分の婚姻費用は支払い済みと取り扱われる可能性もあります。
最終判断が出るまで支払わないといった対応を取ることにはリスクがあります。
まず、最終判断まで生活費を支払わないとなると、配偶者に負担を強いることになりますから、その後の離婚条件等の交渉が困難となる可能性があります。
また、婚姻費用を支払わない対応が、「悪意の遺棄」だと評価され、相談者が有責配偶者とされる可能性があります。そうなれば離婚請求が認められなくなる可能性があります。
また、配偶者の権利が侵害されたとして慰謝料請求が行われる可能性や、婚姻費用を支払っていないことが配偶者などにより公にされることで、経営する会社等へのレピュテーションリスクが生じる可能性があります。
そのほか、婚姻費用の最終判断そのものに悪影響が生じる可能性もあります。
例えば、婚姻費用を支払わないという対応をもって、任意の履行や柔軟な調整が期待できないとして負担額が大きくなったり、支払方法の負担が大きいものとなったり、ということがあり得ます。
実務上、婚姻費用の過払いがあったとしても多くの場合精算されません。
元々最終的に清算があることを合意して過剰に支払ったのであれば精算されることもありますが、そうでなければ任意の履行であるとか、生活に消費されているといった理由で精算の対象にはならないことが多いです。
婚姻費用支払いの管理が煩瑣となるため、クレジットカードを利用した支払いや都度払いは基本的に行うべきではありません。毎月固定の金額を支払うのがよいでしょう。
婚姻費用の支払いを行わなかった場合には、Q12で述べたようなリスクがあります。
毎月固定の金額を支払っているが、ある月に配偶者が必要とするお金がどうしても不足すると認められるには、別途追加の婚姻費用の支払いも検討しましょう。
毎月固定の金額として支払うのは、配偶者が少なくとも生活に困らない程度のお金である必要があります。
婚姻費用算定表によって算出される額といった法定の基準も意識しつつ、夫婦共有財産の持ち出しや配偶者の別居後の生活環境、別居の原因などの諸事情を踏まえて、支払うべき婚姻費用の額を検討する必要があります。
日本では重婚が禁止されていますから、再婚できません(民法第732条)。
また、たとえ別居状態にあるとしても、配偶者以外の第三者と親密な関係となった場合には、配偶者から不貞慰謝料を請求されたり、有責配偶者と判断されてこちら側からの離婚請求が長期間認められなくなるなどのリスクがあります。
さらに、相談者が経営者等の場合は、メディアに取り上げられて名誉、信用を損なってしまうというリスクもあるでしょう。
婚姻費用減額の申立てという手続きがあります。
もっとも、たとえ当事者間の合意であったとしても、一度決めた婚姻費用を減額することはなかなか認められません。
まず、婚姻費用の減額が認められるのは、婚姻費用の合意をした当時から合意の基礎となった事情に変更がある場合です。
たとえば、合意後に再婚や子の進学が発生した場合が考えられます。なお、合意時に確実に予想できていたものは考慮されません。
婚姻費用の額が異常に高額である場合のように、それが公平に反する場合にも、婚姻費用の減額が認められる可能性はあります。
公平に反するか否かの判断にあたっては、一切の事情を考慮して検討されますが、やはり容易ではありません。
したがって、当事者間で合意する場合であったとしても、その段階から適切な方法により算出された婚姻費用の額をもとに合意をすることが大切です。
そうでなければ、離婚ができないまま長期にわたり高額の婚姻費用を支払わなければならない、婚姻費用地獄(婚費地獄)に陥る危険性もあります。
以上、高額所得者と婚姻費用について、婚姻費用を請求された側の負担の大きさをめぐる問題を取り上げました。
経済的な負担もさることながら、離婚そのものにも関わる重要な論点ということがお分かりいただけたかと思います。
もしお悩みの方は初回のご相談は30分間無料※ですので、少しでもお困りの際には当事務所にお気軽にご相談ください。
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