今回のコラムでは、所得操作(所得隠し)の問題や、所得の「意図的な切下げ」の問題を取り上げます。
所得を得ることのできない当事者にとって、婚姻費用は生きていくための費用です。
そのような中、婚姻費用の額を低く抑えるために自らの所得を操作しているケースも少なからず見られます。また、税務上の所得額そのものを前提にして良いのか論点になることもあります。
不適切な収入額に沿って婚姻費用が算出されてしまうと、十分な婚姻費用の支払いを受けられない事態になりかねません。
なお、婚姻費用の計算方法や、高額所得者の場合に実務上どのような扱いがされているかはこちらのコラムも参照ください。また、裁判所の婚姻費用算定表についてはこちらをご参照ください。
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自営業者の場合、課税される所得金額(必要経費を控除した後の金額)を基礎に算出されます。
そのため、配偶者が確定申告の際に計上した必要経費の額が高額であったとしても、ただちにこのことが考慮されるわけではありません。
もっとも、所得税対策のためにあまりに高額な必要経費が計上されている場合には、婚姻費用算出の基礎となる収入に、過大と認められる必要経費分を加算することが認められます。
減価償却費は実際に支出している費用ではないことから、婚姻費用算定との関係では必要経費と認めるべきではありません。つまり、減価償却費の金額を所得額に加算します。
ただし、ローンがある場合は注意が必要です。この場合には、計上された減価償却費の金額が適正な金額である場合には、総収入から控除すべきものとされます。
他方で、減価償却費が過大である場合には、その年の借入金の返済金額を婚姻費用算定にあたって考慮すべきです。
可処分所得に着目しようとするとき、減価償却費や借入金の返済を考慮しないと不適切な結果となってしまうため、裁判実務上はこうした運用が取られています。
原則として額面上の収入で婚姻費用が算出されます。
もっとも、配偶者が自らの収入を自由に操作できる場合で、収入を減少させる合理的な理由がないにもかかわらず収入が減少している場合には、下がる前の年収をもとに婚姻費用が算出されるケースもあります。
この場合には、同居期間中に収集した配偶者が経営する会社に関する資料を分析して、上記の事情の有無を検討して主張していくこととなります。
年収が下がることが合理性のあるものかを確認するためには、これまでの年収の経緯・変遷を確認したいところです。その点で収入証明書などは複数年分あると望ましいです。
また、どこから何の名目で得られた収入かを確認するため確定申告書や源泉徴収票なども複数年分あるとより望ましいです。
年収が下げられる場合の多くは、業績の悪化や経費圧迫といった業務上の必要性から来るものですから、それを確認できる資料もあると望ましいです。
例えば会社の決算書が複数年分あると望ましいです。
勘定科目内訳書などもあると費目の分析がしやすくなるのでこうした資料や会社の確定申告書も複数年分あるとより望ましいです。
報酬を決定する株主総会や取締役会の議事録も稀に役に立つ可能性がありますのでこれらもあるとより望ましいです。
このような資料が手元にない場合には、交渉や裁判所の手続きの中で、これらの資料の提出を求めます。
その方法として、まずは配偶者に対して開示交渉を行うことが考えられます。相談者自身で交渉するほか、弁護士を介して交渉を行うことで配偶者が開示が得られる場合があります。
このほか、弁護士会照会、調査嘱託・文書送付嘱託、文書提出命令、情報開示命令(※運用開始予定)が考えられます。
弁護士会照会は、弁護士の申請に基づき、弁護士会が金融機関などに対して配偶者の財産に関する資料を照会する、弁護士だけが行える調査方法です。調停や裁判が開始する前から使用できる点に、以下の調査方法との違いがあります。
調査嘱託・文書送付嘱託は、当事者の申立てなどによって裁判所が金融機関などに対し、配偶者の財産、収入に関する資料の調査を依頼し、その結果を金融機関などから回答してもらう調査方法です。調停・裁判が実施されている期間に実施することができる手段です。裁判所を介して行われることから、弁護士会照会よりも、金融機関などから開示を得られやすい傾向にあります。
文書提出命令は、当事者の申立てに基づき、裁判所が資料を保有している相手方や第三者に対して、所持している文書の提出を要求する調査方法です。この調査手法が使用できる場面は他の調査方法よりも限定的であり、他の手段では情報が得られない場合や、他の手段では調査の対象にできない場合に使用します。
情報開示命令は、必要があると認められる場合に、当事者の申立て又は裁判所の権限で、裁判所から当事者に対して、収入及び資産の状況に関する情報の開示を命じる制度です。
※2024年に行われた法改正により新設された制度であり、公布日(2024年5月24日)から2年以内に施行され、利用可能となります。
なお、実効性を担保するため、正当な理由なくその情報を開示せず、又は虚偽の情報を開示した場合には、10万円以下の過料に処せられることとされています。
この制度により、適切な資料をもとに婚姻費用の算定が行われることが期待されます。
なお、財産、収入に関する資料の調査についてはこちらのコラムもご参照ください。
上記の調査方法を行っても配偶者が収入に関する資料が提出しない場合には、その提出しない姿勢から、所得隠し、所得操作を行っている可能性が高いことを主張します。
例えば次のような事情がある場合に、収入の減少が「意図的な切下げ」として認定される可能性が高いです。
上記のほか、仮に役員報酬が下がる事情が存在するとしても、それが、配偶者自身に責任があったためかどうかという点も重要です。
裁判実務では、配偶者自身に責任があったならば下がった年収で認定しないというものも見られるところです。
上記の事情を主張した場合、配偶者からは以下のような反論が行われることが想定されます。
審判や裁判では客観的な資料をもとに特定の事実の認定や判断が行われます。
上記のような反論を行われた場合には、配偶者に対し、反論を支える客観的な証拠の提出を求め、証拠が提出されない場合には、配偶者の反論するような事実は存在しないことを主張します。
また、相手の主張と矛盾する資料や事実がないかを調査することも重要です。
仮に相手の主張を前提にせざるを得ない部分があったとしても、それを持って切り下げられた年収で判断することが不合理であることを主張していきます。
配偶者の年収の減少に合理的な理由があると認定され、年収切下げの主張が認められなかった場合には、直近年度の配偶者の年収をもとに婚姻費用が算出される可能性があります。
もっとも、例えば配偶者が取締役のような立場である場合は年収が変動しやすいものであることから、数年分の年収の平均をもとに婚姻費用が算出されることがあります。
そのため、年収の切下げが疑われる配偶者が取締役等である場合には、上記の意図的な年収の切下げに関する主張が認められない事態に備えて、過去数年の年収の平均をもとに婚姻費用を算出すべきである旨を主張しておくべきでしょう。
また、婚姻費用の額は、夫婦の資産、収入その他一切の事情を考慮して判断されます。
直近の配偶者の収入で判断される婚姻費用では、同居期間中の生活を維持することができないことや今後配偶者の年収が上がる可能性があること等も主張しておくべきでしょう。
別居期間中、配偶者から婚姻費用を得るにしても、婚姻費用の問題を解決するだけで6ヶ月から1年程度の期間が必要になる可能性があります。
場合によっては、要求すれば配偶者に任意の婚姻費用の仮払いに応じてもらえるケースもあります。
もっとも、離婚に向けての協議期間中や離婚裁判中は感情的に対立しているケースがほとんどであり、配偶者からの婚姻費用の仮払いが全く受けられないケースもなくはありません。
この間、婚姻費用の仮払いを受けられず、相談者自身の所得や蓄財がない場合には、生活すること自体にいっぱいで、まともに夫婦関係の問題解決に向き合えない恐れがあります。
場合によっては、配偶者側が、このような状況に陥いることを見越して夫婦の問題を解決するまでの期間の引き延ばしを行ってくるリスクもあります。
このような事態を回避するためには、相談者自身で、自分の財産を確保することが重要です。
例えば、親族から借り入れを行ったり、別居にあたってご自身の特有財産(固有の財産)を持ち出すといったことが考えられます。
ただし、例えば配偶者の特有財産を持ち出したり、自身の特有財産であっても別居後に持ち出すときの態様に問題がある場合等には違法行為と評価される場合もありますので注意が必要です。
また、夫婦の共有財産であっても、トラブルになる場合があります。
上記のような注意点のほか最終的な結論にも影響が出る可能性もありますので、財産の持ち出しには慎重な検討が必要と言えます。
なお、裁判例(札幌高決平成16年5月31日、大阪高決昭和59年12月10日、大阪高決昭和62年6月24日など)には、別居にあたって名義上配偶者の財産や夫婦共有財産を一定範囲で持ち出すことが認められたものもありますが、全てのケースで認められるものではありませんので注意が必要です。
以上、婚姻費用を請求する側の問題として、所得操作(所得隠し)や「意図的な切下げ」を取り上げました。
経済的な負担もさることながら、離婚そのものにも関わる重要な論点ということがお分かりいただけたかと思います。
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