本コラムでは、中小企業経営者の相続により生じる紛争を取り上げます。中小企業経営者が亡くなった場合、その相続人間でどのような紛争が生じるか、どう対処していけば良いかについて解説します。
このコラムにいう「中小企業」とは、証券取引所に上場していない非上場会社であり、かつ株式の第三者への移転が制限されている非公開会社を想定しています。下記Q1でも言及しますが、このような中小企業の株式の全部又は大部分を有するオーナーがお亡くなりになった場合、自社株式の価値の問題がまず発生することになります。また、こうしたオーナーが往々にして行なっている生前の相続税対策や遺留分対策の有効性に関する争いが、相続問題を更に複雑なものにします。
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遺留分や、遺産分割協議の問題が生じやすいです。
またこれらの問題の前提として、自社株式の価値という問題があります。中小企業経営者が有していた自社株式は、上場企業の株式のように取引相場があるものではありません。このため相続人それぞれが考えるその自社株式の価値がいくらかを巡って争いになりやすいです。
さらに、中小企業経営者は生前に相続税対策や遺留分対策に積極的に取り組んでいるケースが多いですが、この点もかえって「そうした対策が相続紛争の場面でも有効なのか、前提にされるべきなのか」という争点になる可能性があります。もちろんこうした対策をしていなかった場合には「一定の方針で解決を目指したいがどのような方策をとるべきか」という問題を生みます。
これらの問題はときに複雑化し、相続人間で意見がまとまらず紛争化してしまう場合や、結果として承継財産にアンバランスが生じることがあります。
他にも様々な要因から非公開会社の中小企業経営者特有の相続問題が生じますが、少なくとも遺留分問題、遺産分割問題は最終的な決着(金銭的負担や承継できる対象の資産など)に大きな影響を与えるものです。
中小企業経営者は生前にこれらの問題を極力抑えるために適切な方策を検討する必要がありますし、中小企業経営者の後継者となった方は、これらの問題を取りこぼしなく把握し、正しく分析し、相手や裁判所を説得しなければいけません。
以下ではまず遺留分を、次に遺産分割の問題を解説します。
遺留分とは、被相続人(お亡くなりになった方)の財産の中で、法律上その取得が一定の相続人に留保され、被相続人による自由な処分(遺言による遺贈・相続分の指定や生前贈与)に制限が加えられている持分的利益をいいます。シンプルに表現すると、相続人に法律上保障された遺産の取り分です。
違留分全体の割合(総体的遺留分)は、相続人が配偶者または子などの直系卑属である場合、遺留分算定の基礎となる財産(相続財産+一定の条件を満たす生前贈与の額)の2分の1です。相続人が父母などの直系尊属のみの場合は3分の1となり、兄弟姉妹に遺留分はありません。
そして相続人それぞれの遺留分(個別的遺留分)は、総体的遺留分に個々人の法定相続分を掛け合わせて算出されることになります。例えば、配偶者と子が二人の家庭の場合、それぞれの遺留分は、配偶者は25%、子はそれぞれ12.5%です。
遺留分の侵害とは、被相続人が相続財産を処分(遺言による遺贈・相続分の指定や生前贈与)した結果、相続人が現実に受ける相続利益が遺留分に満たないことを言います。例えば、相続人の一人に遺産を集中させる遺言がある場合、他の相続人は、自己の遺留分が侵害されていますから、遺留分侵害額請求を行うことができます。
ご質問のケースについて、自社株式も被相続人の財産である以上、相続財産です。したがって、ご質問者が相続により現実に受ける利益が遺留分を下回っているようであれば、当該自社株式の全てを相続した後継者に対して、遺留分侵害額請求を行うことができます。このケースで重要になるのは自社株式の評価です(Q8参照参照)。
中小企業経営者の多くは、大切に育ててきた会社の経営を自身の選ぶ後継者に委ねるために、遺言により自身が亡き後の自社株式の承継方法を定めたり、生前贈与により自社株式の贈与を行っています。
このようにして特定の後継者に会社の経営・自社株式を全て承継させる場合、その後継者以外の相続人は、相続により十分な利益を得ることができず、遺留分問題が発生します。
相続人以外の者との関係でも、事業承継にあたって、後継者を気に入らない従業員からの反発、派閥争いによる後継者の追い出しといった問題が起こり、その際、遺言等が遺留分を侵害していると、これが企業内の派閥争いのために利用される危険性があります。
中小企業経営者の遺留分の問題においては、とくにその自社株式の評価が問題となります。
後継者に承継される自社株式の価値次第で、そもそも遺留分侵害額請求を行えるか否か、行えるとして遺留分侵害額がいくらとなるのかが異なるためです。
また、前述のとおり、中小企業経営者の多くは、自身亡き後の会社経営を見据えて後継者を指定するのみならず、相続税対策(生前贈与、資産の組み替え、財産評価対策など)にも積極的に取り組んでいる傾向があります。こうした取り組みは遺留分問題にも関係するものですので、相続の場面に及ぼす影響を正しく紐解き遺留分問題の予防に資するようにしなければいけません。
すでに遺留分問題に積極的に取り組んでいる場合であっても、それがはたして遺留分問題回避の手段として有効なのか、現在採用している方策で生じうる問題の有無や程度など、検討しなければならない点も少なくありません。
まず、遺産分割協議は、相続人全員で行う必要があります。相続人の一部を排除して行われた遺産分割協議は無効であり、相続人全員が遺産分割協議の内容に同意していなければなりません。
遺産分割の方法として、現物分割、代償分割、換価分割、共有分割の4種類があります。
現物分割とは、個々の財産の形状や性質を変更することなく分割を行うものです。例えばこの土地を配偶者に、この株式を長男に、のように分割する方法です。
代償分割とは、一部の相続人に法定相続分を超える額の財産を取得させるとともに、他の相続人に対する債務を負担させる方法です。例えば全財産を配偶者が取得するかわりに、他の相続人には相続分に応じた金銭を代償金として支払う方法です。ただし、この方法は債務を負担することになる相続人に代償金を支払うことができる資力があることが必要です。
換価分割とは、遺産を売却等で換金した後に、換価代金を分割する方法です。
共有分割とは、遺産の一部又は全部を、各相続人の具体的相続分に沿った持分割合で共有する方法です。
このうち、共有分割は、不動産など数量的に分けることが難しい財産では行われることがありますが、自社株式のような数量的に分けることができる財産について行われることは少ないと思います(不可能ではありませんが以下の準共有の問題を先送りにするだけです)。
ただし、遺産分割協議前においては、自社株式については準共有(物権的な共有と同じような扱い)とされていますので注意が必要です。すなわち、自社株式が共有状態となることにより、例えば議決権行使に関連するガバナンス上のトラブル、資本政策上のトラブル、二次相続、三次相続によるさらなる共有者の出現など深刻な問題が生じる可能性があります。
そのため、会社の安定的な経営継続のためには、遺産分割協議等を通してすみやかに自社株式の帰属を確定することが重要です。
遺産分割協議にあたっては、上記の各分割方法のメリット・デメリットを考慮しながら、相続財産の分割方法を決定します。遺産のほとんどが自社株式の場合は、まずは自社株式の全てを特定の後継者1人に集中させる形での協議を模索し、そこで生じる相続利益のアンバランスは代償で対処することを検討します。それができない場合は相続分に応じて自社株式を取得する形、それも難しい場合は換価分割、万が一いずれもとることができない場合は共有分割と、可否・適否を検討していきます。
当事者同士で話し合いがまとまらない場合、家庭裁判所の遺産分割調停、遺産分割審判により遺産分割が行われることとなります。
遺産分割調停は、調停委員を交えながら、当事者間で話合いにより遺産分割協議を進めていく手続です。
遺産分割審判は、遺産分割調停が不調におわったときに移行する手続で、当事者間での話合いや合意ではなく、当事者からの主張や提出された資料等をもとに、遺産分割の内容を家庭裁判所が決定する手続です。
遺産分割審判により、相続財産である自社株式を換価分割する旨の決定が出された場合には、自社株式であってもその売却を行わざるを得ません。
遺産分割審判では、当事者からの主張、提出された資料、当事者の希望や事案の実情を考慮し、家庭裁判所の裁量により、遺産分割の内容が決定されます。まず現物分割を行うことが検討されますが、現物分割ができないときや現物分割により相続財産の価値を著しく減少されるおそれがあるとき、代償分割を行うにあたって債務を負担させる相続人に資力がないときには、換価分割が検討されます。
遺留分問題にしても遺産分割問題にしても、自社株式がいくらの価値をもつものとして扱われるかは極めて重要な問題です。
非上場・非公開会社の株式の評価方法については、その正味の価値を評価することを主眼とするものと、課税評価額を算定することを主眼とするものがあります。ここで株式の正味の価値とは、想定取引価額ではなく規範的価値(企業価値に持株割合を乗じることによって得られる価値であり、プロラタ価値と呼ばれます)を指します。
正味の価値を基準にすることが公平ですから、専門家による鑑定では通常は正味の価値を評価することを主眼とする方法をもって判断される(少なくとも判断しようとする)ことになります。
一方、当事者が合意で評価を決める場合には、課税評価額が参考にされやすいものといえます。
課税評価額を算定することを主眼とする方法は、恣意が入りにくい形で評価額が算定されるという利点があるためです。
非上場・非公開会社の株式の正味の客観的価値を評価する方法はいくつかあります。
その分類として評価のアプローチに着目したものがあり、概ね以下の3つに大別されます。
① インカム・アプローチ:期待される利益またはキャッシュフローに基づいて評価する方法
② マーケット・アプローチ:上場している同業他社や類似取引事例などと比較することで相対的に価値を評価する方法
③ ネットアセット・アプローチ:貸借対照表上の純資産から価値を評価する方法
それぞれの評価アプローチには一長一短があり、必ず正しい唯一の評価方法が存在するものではありません。
このため、それぞれの評価アプローチについて適切な場面ごとに、長短を考慮したうえで比較検討し、複数の評価アプローチを複数併用して評価するなど工夫されることも多いです。
なお、会社法上の株式価格をめぐる裁判ではインカム・アプローチを採用するものが最近では主流になっているという分析もあります。
詳細はこちらのコラムを参照ください。
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