今回のコラムでは、デイトレーダーの離婚について取り上げます。
デイトレーダーは日常的に極めて高い頻度で有価証券の売買を行うことから、他の職業と異なり財産分与や婚姻費用の算出にあたって特殊な考慮が必要となります。
デイトレーダーの離婚については、裁判例が多くあるわけではありません。
そのため、適切な財産分与を実現するためには、学説上の有力な見解や類似の裁判例など幅広い知見や先例をもとに主張を行うこと、これらについて熟知している専門家のサポートが不可欠です。
岩崎総合法律事務所では、様々な職業の方の離婚をサポートさせていただき、その中で得られた豊富な知見を有しています。離婚でお悩みの方はぜひ弊所にご相談ください。
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目次
特有財産性
有価証券評価の方法と基準時点
レバレッジ(負債)と財産分与
デイトレーダーの離婚における2分の1ルールの修正
給与所得者の場合には、基本的に直近の源泉徴収票をもとに婚姻費用が算出されます。
しかし、デイトレーダーのように毎年の収入に大きな変動がある方の場合には、直近の収入のみをもとに婚姻費用を算出してしまうと、不公平な結果になりかねません。
そのため、このような場合には、直近数年分(例えば3年分)の年収の平均をもとに婚姻費用を算出することとなるケースが多いです。
財産分与にあたっては、夫婦の経済的協力関係が失われた時点(通常は別居時です。)に存在する夫婦の共有財産全てが財産分与の対象になります。
他方で、結婚前から保有している財産(婚前財産)、相続した財産といった特有財産は原則として財産分与の対象になりません。
そして、特有財産を原資として購入された財産もまた、特有財産の転換物として原則として財産分与の対象にはなりません。
ただし、裁判(審判)では、特定の財産が特有財産であることを認めてほしい側から、この財産が特有財産であることを主張立証する必要があります。
そして、特定の財産が特有財産であると裁判所に認定してもらうためのハードルは一般に想像されているよりも高いものです。
転換物の特有財産性を裁判所に認めてもらうためには、客観的な資料(例えば通帳の写し、銀行口座の取引履歴等)を用いつつ、婚前財産が結婚後の財産と明確に、厳密に分離できていることや当初の婚前財産がそのまま転換物へと転換されたものであることを厳格に立証する必要があります。
デイトレーダーの方の場合、日常的に有価証券の売買を行っています。
そのため、婚前資産から現在の有価証券までの転換の経緯を立証するにあたっては困難を伴うことが通常です。
このような事態とならないように、婚前財産から最終的な転換物までの転換の経緯を、日頃から証拠とともに徹底的に整理しておくことが重要です。
3000万円分の特有財産性は認められにくく、共有財産として財産分与の対象となる可能性が高いと思います。
特有財産性の認定にあたっては、日常的に入出金が行われているか否かやその頻度といった点が重視されるポイントの一つです。
デイトレーダーの方の場合には、日常的かつ高頻度に口座内での入出金を繰り返していることから、婚前財産の特有財産性は日常的な入出金により失われたとされ、当該口座内の残高全額の特有財産性が否定される可能性が高いでしょう。
とはいえ、婚姻期間の長さ等その他の事情により異なる結論となる可能性ももちろんあります。したがって個別具体的な検証が欠かせません。
いずれにせよ、婚前財産を適切に保全するためには、婚前から保有する口座と、日常的なトレードに使用する口座を徹底的に分別して使用することが重要です。
財産分与の際の有価証券の一般的な評価方法をご説明します。
財産分与にあたっては、二つの時間軸が問題になります。
一つは、いつの時点の財産を財産分与の対象に含めるかという問題(対象財産確定の基準時)です。
もう一つは財産分与の対象となった財産をいつの時点で評価するかという問題(評価の基準時)があります。
ここでご説明するのは、後者の評価の基準時の問題です。
まず、現在時点の額を参照することが一般的です。
例えば、A社の株式を別居時に保有しており、現在もA社の株式を保有している場合には、現在時点の市場価格が財産分与における評価額となります。
もっとも、これには例外もあります。例外的な取扱いがされる場面の一例として、別居時に保有していた有価証券をその後に処分した場合があります。この場合には、その処分価格が財産分与の際の評価額とされることが多いです。
例えば、A社の株式を別居時に保有しており、その後離婚までにA社の株式を1株あたり3万円で売却した場合には、1株あたり3万円で売却した処分価格が財産分与の際の評価額となるというものです。
デイトレーダーの場合、有価証券の売買が繰り返されます。
このため、別居時に保有していた有価証券は別居後すぐに売却され、売却代金を元手にさらに新たな有価証券を購入して売却を行うことがあります。
このような場合についても、別居時に保有していた有価証券を最初に処分したときの処分価格が財産分与の際の評価額になるのでしょうか。
この点については様々な考え方があります。
考え方の一つとして、財産分与の対象となる財産そのものから再考する見方があります。すなわち、財産分与にあたって問題となる二つの時間軸のうち、そもそも対象財産確定の基準時をどこに据えるかを再検討するものです。
これは、例えば、別居時にA社の株式を保有しており、別居後すぐに全て売却して売却代金を元手にM社の株式を取得した場合、A社の株式の代替物であるM社の株式を財産分与の対象とする、といった見方です。
別居時に保有していた有価証券を最初に処分したときの処分価格を財産分与の際の評価額とするか、そもそも当該有価証券ではなくその転換物を財産分与の対象とするか、いずれの見解が採用されるかはケースバイケースです。
ただし、デイトレーダーの離婚の場合、その転換物(上記でいうM社株式)が財産分与の対象とされるケースが多いように思います。
別居時に有していた株式は別居後近い時点で売却されるのが通常でしょうから、別居時に保有していた有価証券の銘柄にこだわる必要はないためです。
もしも最初の処分価格を財産分与の際の評価額と認定してもらうべきときには、そうあるべき具体的な事情を主張するべきでしょう。
例えば、別居時点から資産が大きく増大したときには、それは別居後の自らの多大な労力により投資が成功したこと等の事情を積極的に主張する必要があるでしょう。
財産分与の趣旨は、資産形成に対する夫婦の貢献(内助の功のような協力関係を含みます)を考慮して清算することにあります。
このため、資産形成に対する貢献・協力関係がなくなった後の事情を財産分与に反映させることは、趣旨に反するものです。
この点で、上記のような、別居後の自らの多大な労力により投資が成功したこと等の事情を積極的に主張することができれば、最初の処分価格が財産分与の際の評価額と認定される可能性もあると思われます。
これまでは有価証券の価値が上昇したケースについてご説明してきました。
一方、運用の結果、有価証券の価値が低下する場合や、ときには消滅して無価値となってしまうケースもあります。
こうした場合に、価値の低下を財産分与にあたって考慮すべき否か(下落前の価値を基準にするべきか否か)が論点となります。
この論点の一つの考え方は、そうなったことについて本人に責任があるかといった点を踏まえて判断されると言うものがあります。
デイトレーダーではない素人の場合は、価値の低下について本人に責任があるとはまずされないと考えられます。ではプロのデイトレーダーはどうでしょうか。
おそらく、どんなプロのデイトレーダーであったとしても市場を完全に読み切ることは不可能かと思います。
そうだとすれば、デイトレーダーの場合であっても、価値の低下について責任があるとはされないことが多いでしょう。
このケースにおいては借入分は財産分与にあたって考慮されると思います。
財産分与にあたっては原則として債務といった消極財産は分与の対象となりませんが、例外的に資産形成のための債務や家計を維持するための債務などは財産分与の対象となります。
ご相談のケースの借入れは、有価証券という資産を獲得するための借入れと考えられることから、財産分与にあたって考慮されることとなるでしょう。
別居期間が長く、また、別居期間中に別居当初保有していた有価証券よりも高い価値の有価証券に転換している場合、別居後から今現在に至るまでの運用の成果が財産分与の対象に取り込まれることとなる可能性があります。
これが夫婦の貢献により形成された財産を分けるという財産分与の趣旨に沿わないことがあるでしょう。
この場合には、前記の通り、別居時の財産を対象にする、ということになり、問題は生じにくくなります。
一方で、こちらも前記の通り、別居時に保有していた有価証券ではなくその転換物を財産分与の対象にするという見方があります。デイトレーダーの離婚の場合にはこの見方が採用されることが多いのではないかと思います。
これは結局、今現在保有する有価証券を今現在の価値で評価するという見解を意味します。
もし、転換物が基準になってしまったとしたら、50%を分与しなければならないのでしょうか。それは公平でしょうか。
この問題には財産分与の趣旨(夫婦間での貢献が認められる財産を分与する)が関わります。
まず、デイトレーダーではない世帯について考えてみましょう。例えば別居時に保有していた投資信託が離婚時までに配当を生み出した場合、その配当は財産分与の対象となります。
また、投資信託の価値が値上がりした場合も、値上がりした評価額を前提に財産分与が行われることとなります。
デイトレーダーではない世帯では、この投資信託といった有価証券の配当や値上がりに、特別な労力を費やしていないのが通常です。
しかし、デイトレーダーの離婚の場合には、有価証券の価値そのものに加えて、配当等を含めたその選定、運用に、プロとしての本人の労力が大きく関与しています。
上記のとおり、財産分与の趣旨は、夫婦間での貢献が認められる財産を分与するという点にあります。
そして別居後には、多くの場合、もはや夫婦の協力関係は失われていますから、財産分与の趣旨は当てはまりません。
そのため、別居後のデイトレーダーである配偶者の単独の労力があってこそ価値の高い有価証券に転換できたといえる場合や高配当を受けることができたといえる場合には、このような事情も財産分与にあたって考慮されます。
例えば、考慮されるにあたっては、財産分与の割合が40%、30%といったように下方修正されることがあります。
そのほかにも「一切の事情」として裁判官の判断において総合的な考慮が働くこともあります。
財産分与の割合は原則として2分の1とされており(これを「2分の1ルール」といいます。)、この「2分の1ルール」は実務上強力なルールとして適用されています。
もっとも、「2分の1ルール」も特段の事情が存在する場合には例外的に修正されます。
多大な資産を築くことができたのは一方の配偶者の特別な才能や資格によるものであったり、運によるものである場合にも、特段の事情が存在するものとして、財産分与の割合に傾斜が掛けられることとなります。
もっとも、実務感覚としては、傾斜が掛けられるとしても6:4といった割合にとどまることが多い印象です。
とはいえ、上記のとおり、実務上「2分の1ルール」は強力なルールです。このルールを覆し、財産分与割合の修正が認められるためには、事実関係や資料を適切に整理し、財産分与割合の修正を認めてほしい側から積極的かつ詳細に主張立証を行うことが不可欠です。
例えば、経営者としての能力についてのものですが、特別な才能により資産が形成されたことを認定して財産分与の割合に傾斜をかけた裁判例として、東京地判平成15年9月26日があります。こちらのコラムで触れていますのでご参照ください。
また、約2億円の宝くじの当選金の扱いが問題となった裁判例があり、こうした内容も一定程度参考になるかもしれません。
<東京高決平成29年3月2日>夫が婚姻期間中に約2億円の宝くじの当選金を取得し、当選金を自宅土地建物の住宅ローンの返済や生活費として費消していた事案です。この事案において、裁判所は、「当選金の購入資金は夫婦の協力によって得られた収入の一部から拠出されたのであるけれども、原審相手方(筆者注:夫)が自分で、その小遣いの一部を充てて宝くじ等の購入を続け、これにより、偶々とはいえ当選して、本件当選金を取得し、これを原資として」夫婦の共有財産が形成されたと認められる。「これらの事情に鑑みれば、対象財産の資産形成については、原審申立人(筆者注:妻)より原審相手方の寄与が大きかったというべきであり、分与割合については、原審申立人四、原審相手方六の割合とするのが相当である。」と判示しています。記載のとおり、裁判例では、宝くじの当選金を元手に夫婦共有財産が形成されたことを重視して財産分与割合を6対4の割合に修正しています。
以上、デイトレーダーの離婚について、とくに財産分与と婚姻費用について解説しました。
弊事務所では、様々な方への離婚サポートを通して幅広い知見を有しています。
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