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2023年2月28日(火曜日)
売主のための「M&A」を巡るトラブル対応 ~実行「前」段階編~

岩崎総合法律事務所は、資産家、経営者、投資家、高額所得者などの「富裕層」と呼ばれるお客様に対する法務サービス Legal Prime® を提供して参りました。その中で、M&Aでエグジットして多くのキャッシュを獲得するお客様のためにもサポートして参りました。

M&Aを巡ってトラブルになるケースは増加しています。
統計上、M&Aを巡る訴訟の事件数は昭和23年以降現在までの事件数に対して、平成20年以降現在までの事件数がほぼ同程度になるほどの勢いです。
トラブルは訴訟ばかりでなく裁判外でも起こるものですが、M&Aをしようとする際あるいは実行した後になって、相手とトラブルになるとき、当事務所はそれを穏便にあるいは法的に、お客様にとって最善の解決となるようにサポートしています。

以下では、特にエグジットするオーナー・売主のためのポイントとして、「M&A」を巡るトラブル対応のうち特に実行「前」の段階における注意点を解説するとともに、そもそもそうした時に備えてどのような予防・手当を施すべきかについても、Q&A形式で解説いたします(特に断らない限り株式譲渡のケースを前提にしております)。

※ 譲渡実行「後」のトラブル対応に関するコラムはこちらをご参照ください。

 

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弊事務所では、富裕層法務サービス Legal Prime® を通じ、資産家、投資家、会社経営者などの資産・収入の多いお客様に対し多様なサポートを提供してまいりました。

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目次
  1. 株式譲渡契約で約束した金額を払ってもらえません。
  2. 代金を減額してほしいと交渉を受けています。
  3. 契約を白紙にしたいと言われています。
  4. MAC条項が問題となっています。
  5. 買主の実行拒絶が正当なものかは、どのように確認したらよいのでしょうか。
  6. 説得を試みても実行拒絶されてしまうとき、どうしたらよいのでしょうか。
  7. 結局、買主から契約を解除されました。どう対応したらよいのでしょうか。

 

Q1. 株式譲渡契約で約束した金額を払ってもらえません。

お金のイメージ

譲渡代金が払われない場合の対応

約束した金額が支払われない場合があります。
まったく理由なく支払わない場合には、遅延損害金の加算などを圧力にして早期の支払いを求め、回収のための法的措置を適時適切に実施していきます。
場合によっては契約関係を解消し、準備費用や生じた損害について別途支払いを求める対応が適切な場合もあります。

もっとも、買主が代金を支払わないときには、(少なくともそれなりに)理由がある場合もあります。
例えば、株式譲渡契約書中で定めた実行条件(株式譲渡が実行されることを一定の前提条件にかからしめる際の当該条件)に抵触しており、かかる抵触の状況が解決されるまで支払わない、などです。
こうした対応を受けた際には、かかる理由の真偽を確かめ、買主側の説明に一定の理由があり、対応可能なものについては対応していきます。
対応に追加のコストや相当の時間がかかる場合には、そうした負担を別途サイドレターで調整することもあります。

なんら対応しないでいるとQ3のように、契約を白紙にされるおそれがあります。
一旦進めたプロジェクトが白紙になることによって対象会社に生じるデメリットだけでなく、場合によっては買主から違約金や損害賠償請求等を受ける恐れがあるのでこうしたトラブルが生じたときには慎重な対応が必要です。

Q2.代金を減額してほしいと交渉を受けています。

買主から代金を減額してほしいと要求されることもあります。
こうした要求は、株式譲渡契約書中に価格調整条項(クロージング日以降の対象会社の企業価値等に関連して譲渡価格を調整するための条項)が設けられており、これに基づいたものであることが多いです。
価格調整条項に定める場合に該当するか、該当するとしていくら相当の調整が妥当かなど、事実関係をよく確認して交渉にあたることが重要です。

また、価格調整条項の内容を離れて事実上減額の交渉を受けることもあります。
例えば、価格調整事項として見込んではいなかったものの、契約締結後実行前に表明保証違反誓約事項違反が見つかり、これを解消できないようなときです。契約関係を白紙にはしないまでも、かかる問題状況・リスクを代金に反映させたいというものです。
このような場合にもそうした問題状況・リスクがある状況なのか事実関係をよく確認し、減額させるとしてどの程度であるべきか慎重に交渉することが重要です。

Q3. 契約を白紙にしたいと言われています。

解除・白紙撤回

解除・白紙撤回要求への対応

買主から契約を白紙にしたいと告げられることがあります。
白紙にしたい、ということは要するに解除したいということですが、買主は契約締結後も、対象会社の状況の変化や、判明した事情さらには市場環境の変化によって契約からの離脱を望む場合があり、「実行しない」「白紙にしたい」と持ち掛けられることもそれなりにあるように思います。
売主からすれば白紙になればこれまでの準備は無駄になりますし様々な実害が出ますので通常は避けたいと考えるものです。

解除は一定の重大な違反のあるときに取引実行がなされず、最終的に行われるものです。
民法に基づく場合もありますが多くは株式譲渡契約書中に明示されている内容に基づくものであり、その期間はクロージングまでとされている場合が多く、むしろクロージング後は解除できないことが定められている場合が多いです。これはクロージングの後に行われる変更事項が様々な事項におよび、こうした事項を原状回復しようとすると大きな混乱が生じるためです。

とはいえ、M&Aの準備の進行具合にもよりますが、たとえ実行前であったとしても、一旦進んだプロジェクトが白紙になることで企業価値にマイナスの影響が生じることもあります。
例えば、M&Aを行おうとしていることが知られるようになったにもかかわらず最終的に白紙になってしまえば、対象会社の役職員のモチベーションの低下、取引先からの信用の低下等の悪影響が生じる可能性があります。別の買い手候補を探してそこに譲渡しようと考える際にも白紙になったM&Aの内容に引きずられて交渉上不利な立場に置かれる可能性もあります。準備にかかったコストやエグジット後のプランも台無しになってしまいます。
このように、クロージング前であっても売主に生じる混乱は大きなものですから、極力避けなければなりません。

買主側の主張をよく確認して、主張に根拠があるか、違反状況等を解消できないか、代金交渉によって対応できないかなど契約関係を維持するための方法を検討し、これら方法の中から売主自身にとって良いエグジットになるよう交渉していきます。

Q4. MAC条項が問題となっています。

株式譲渡契約の締結日からクロージングまでの間に、対象会社に重大な悪影響を及ぼす事由が生じていないことが、買主の義務履行の前提条件として定められることがあります。
英語表記の頭文字(Material Adverse Change)をとってMAC条項と呼ばれます。

MAC条項は、後発事象のリスクから買主を保護するものであり、後発事象について売主に帰責性がない場合にも適用があります(この点がコベナンツ条項等と異なるところです)。取引実行の確度が低下するという点では売主にとって望ましくはない条項といえ、規定として受け入れるかどうか、MAC条項を巡ってトラブルになった際の解釈適用の是非などについてよく論点となります。

裁判となった場合には、MAC条項を限定的に解釈する等、解釈による合意内容の補充が行われる場合があります。
こうした裁判例を考慮しながら、MAC条項の意義について、例えば、「悪影響」の対象が何か(対象会社の財務、経営、キャッシュ・フロー、資産等や、将来の収益計画、将来の見通しや対象会社グループにかかるものを含むか)や、MAC条項から除かれるべき場合はないか(テロ・疫病など一般条項として定められるような内容、株式譲渡契約の締結・公表・実行それ自体による影響など)を確認することも重要です。

契約書上の明文の重要性

M&Aの紛争では、その契約書に記載されている内容を別意に解釈したり、契約書には書かれていない要件を付加するなどして、契約書の文言からは導かれないはずの帰結となる場合があります。裁判所が妥当と考える結論を導く際に当事者の合理的意思解釈を探求することで行われることが多いです。
M&A案件の契約書には表明保証条項など日本法上必ずしも体系的な位置づけが一義的でない条項が定められることなどもあってか、文言通りの帰結とならないことがある点、強調されているように感じます。
しかし、これはM&A案件に限ったことではないですし、そもそも論としては、契約の解釈は、明文の定めがあるときにはそれに従うことが原則です(表明保証条項の解釈にあっても同様です)。
したがって、どのように契約書で定めるか、どこまで明確化すべきか、ということはM&A紛争の予防にとってもやはり重要なことといえます。

Q5. 買主の実行拒絶が正当なものかは、どのように確認したらよいのでしょうか。

多くの場合、実行条件を満たさないことを理由とするものですので、これをまずは確認します。
実行条件とは、株式譲渡が実行されることを一定の前提条件にかからしめる際の当該条件のことです。
条件は表明保証と連動するように設計されるものですが、連動させる表明保証違反の程度が「重大な違反」に限定されたり、そもそも全ての表明保証事項と連動せず一部の表明保証事項のみと連動している場合もあります。
こうした前提条件との連動の範囲や違反の程度を前提にした解釈が重要となります。
こうした解釈は、蓄積された裁判例実務を前提に行うべきものであり、その判断は個別具体的な事情によって異なるものであるため、弁護士によく相談の上方向性を見極めることが大切です。

白紙・解除の予防

いたずらに契約を白紙にされることのないよう、株式譲渡契約書については少なくとも以下のようなものに注意して確認しておくべきです。

ファイナンス・アウト(資金調達が実施できたことを前提条件とするもの)など主に買主側の事情による事由を前提条件として受け入れるか
※買主のコントロール下にある事項を買主の義務履行の前提条件にすると、買主側の対応いかんで実行されない事態が懸念されるため)

MAC条項(対象会社に重大な悪影響を及ぼす事由が生じていないことを前提条件とするもの)等売主のコントロールが及びにくい事由を受け入れるか
※売主のコントロールの及びにくい事由が生じたとき、そのリスクの負担を売主のみが常に負担することになっていると取引実行の確度が低下するため

規定内容が抽象的なものを残しておくか
※条項の内容について解釈の問題が生じ、買主との認識が齟齬する場合には(任意の実行が実現せず)裁判等を要する事態になりかねないといころ、裁判の結果を待つためにM&A実行をペンディングし続けることはできないため

Q6. 説得を試みても実行拒絶されてしまうとき、どうしたらよいのでしょうか。

買主が契約は実行しないと譲らず、このまま話し合いが平行線だと結果的に対象会社に損が出てしまう状況に陥ることもあります。どのように説得し打開するか問題となります。

まったく理由なく取引に応じない場合には、買主の履行拒絶は許されず、これを実行するよう求めることが考えられますが、M&Aの場合にはこれはなじみません。裁判には数年かかることが通常ですが、その間買主の買取りを常に求め続けることは実態として困難だからです。

したがって、通常は買主が買うべきであったのに、それをしなかったことで売主に生じた損害の賠償等を求めていくことになります。

民法上の債務不履行に基づく損害賠償請求も考えられますが、かかるケースでは損害の考え方や立証に難しい問題もあるため、株式譲渡契約書中に違約金の定めがあればこれに基づいて請求することを検討します。

違約金の効果

違約金規定を設けてその支払いを回避する動機を与えることで、取引実行のインセンティブを高める効果があります。
ただし、これを支払いさえすれば、契約を白紙にすることができると計算されてしまうようなディスインセンティブを生じさせないことには要注意です。
民法420条3項は、「違約金は、賠償額の予定と推定する。」と定めており、かかる条項の適用を受けるとするとディスインセンティブが生じかねないので、これを防ぐためには株式譲渡契約書中の違約金規定が違約罰であって、別途損害賠償請求を行うことが妨げられるものではないことも定めておくべきです。

Q7. 結局、買主から契約を解除されました。どう対応したらよいのでしょうか。

買主が強行的に契約を解除し、これによって対象会社に大きな損害が生じてしまったことで、買主への責任追及を検討することもあります。
これについては、上記Q6のとおり、法令上の規定を根拠として、あるいは株式譲渡契約書中の規定を根拠として、損害額や違約金額の支払いを求めることを検討します。

 
 


 
 

今回は、M&Aトラブルの問題について特に売主のためのポイントとして、譲渡実行「前」の注意点を解説してきましたが、これらのトラブルを円滑に解決するためには、事実関係及び法律関係を整理して、適切な分析に基づいた方針のもと対応していくことが必要です。

 

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岩崎総合法律事務所はM&Aトラブル対応・M&A紛争の対応をサポートしている

もし、M&Aのトラブルでお悩みの方は、初回のご相談は30分間無料ですので、お気軽にご相談ください
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