事業承継は金融機関や税理士の主導・助言のもと対策されることも多いですが、弁護士による法務リスクの検討も欠かせません。
富裕層法務 Legal Prime®のQ&Aでは、実際によくある重要な法務リスクと対応のポイントを解説します。
事業承継についてお悩みの方、金融機関様や税理士様におかれましては、当事務所までお問い合わせくださいませ。
私が経営している事業会社の株式のうち「少しの株式」を、後継者候補の長男に生前贈与しました。
株価が下がっているタイミングで相続時精算課税制度を利用して贈与しましたが、税務上はたしかに良かったのだと思います。
しかし、この期に及んで長男は会社を継がないと言います。
そうなれば話が違いますから贈与した株式を返してもらうのが筋だと思いますが、長男は素直に応じません。
長男から株式を没収できないでしょうか。
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一定の状況下では没収することができます。
贈与した株式を没収することができる主な場合として
(1)生前贈与契約を解除できる場合
(2)生前贈与契約を取り消すことができる場合
(3)生前贈与契約が無効・不存在である場合
(4)生前贈与した株式を強制的に取得する権限が贈与者あるいは会社に留保されている場合
が挙げられます。
以下では、それぞれのポイントを説明するとともに、どうしたらこのような事態を防げるかについても解説します。
生前贈与が負担付である場合(例えば後継者に就任することといった負担がついている場合など)にこれが満たされていないことや、生前贈与契約において禁止行為を定めていてこれに抵触したことなどを理由として、約定解除権又は法定解除権を行使するものです。
解除すれば贈与はなかったことになり、株式を無償で取り戻すことができます。
この場合、国税庁の解釈通達「名義変更等が行われた後にその取消し等があった場合の贈与税の取扱いについて」に基づき、贈与税の更正請求を行うことで納税済の贈与税の取り戻しを検討します。解除権留保付の贈与契約において贈与税の更正請求を認めた国税不服審判所の裁決事例も公表されており(例えば昭和61年2月27日裁決(裁決事例集No.31-1頁))、これにより納税済みの贈与税を取り戻すことも検討します。
ただし、生前贈与契約では、実際のところこうした負担・条件が定められていないことがほとんどです。
それは、(後継者候補を信頼して贈与されたからということも理由でしょうが、)法技術的には経営者が死亡して相続が発生した後、生前贈与したはずの株式が税務上否認されて経営者の名義資産と評価され、相続税が及ぶことを避けようとするためです。つまり、確実に贈与されてもう経営者の元には戻ってこない、という体裁を明らかにすることで税務リスクを下げようという考えです。
贈与契約書がこうした体裁になっている場合には、契約書の文言外の事情で契約の趣旨(当事者の合理的意思)を解釈して、負担の有無や債務不履行原因を解釈して解除の可否を検討することになります。
ただし、その方法は通常は相当に狭き門となります。
忘恩行為
贈与は履行を終えてしまえばもはや解除ができません(民法550条参照)。
しかし、「忘恩行為」がある場合は、例外的に解除ができる余地があります(信義則や条理を根拠に既履行の贈与の撤回を認めた裁判例として、東京地裁昭和50年12月25日判時819号54頁、大阪地裁平成元年4月20日判時1326号139頁など)。
この場合も贈与はなかったことになり、株式を無償で取り戻すことができます。納税済みの贈与税について更正請求をして取り戻すことも検討します。
こうした忘恩行為と呼べるような事情がある場合には解除が認められる可能性はありますが、やはり適用は相当に例外的です。
詐欺・強迫・錯誤
民法上の詐欺・強迫・錯誤といった事情がある場合、贈与を取り消すことができる場合があります。
この場合も贈与はなかったことになり、株式を無償で取り戻すことができます。
この場合も、納税済みの贈与税について、更正請求をして取り戻すことを検討します(なお、錯誤無効(民法改正前)主張の事例で更正請求が否定された国税不服審判所の裁決事例がありますが、それは法的には錯誤無効の要件を満たさず単なる合意解除相当であるとした事案であり、錯誤無効のケースで更正請求を否定するものではありません(平成15年6月20日裁決(裁決事例集No.65-9頁))
しかし、適用は相当に例外的です。
これ以外にも、生前贈与契約が無効ないし不存在であるといえるような事情があれば、贈与をなかったものとして取り扱うことができますが、やはり狭き門となります。
なお、株式移転についての会社法上の手続(譲渡承認の手続等)を経ていないとしても、会社との関係では無効であるが当事者間では有効とされるとの判例(最判昭和48年6月15日民集27巻6号700頁)があり、抜本的解決にはつながりません。
種類株式や株主間契約など
贈与した株式が取得条項付株式である場合や、生前贈与時に株主間契約書(あるいはファミリー契約書)を交わしている場合であれば、仮に贈与そのものが解除、取消し、無効とされなくても一方的に取得できる場合があります。
ただし、その場合には所定の対価を支払う必要があることについて注意が必要です。
価格について何ら手当していない場合には時価(必ずしも相続税法上の時価や法人税法上の時価ではありません。取引上の時価である場合もあります)で買い取らなければなりません。しかもそれは買取時点で評価されますから値上がりしている場合などにはさらに相当額のキャッシュアウトが生じます。
発行法人の事業会社にて自社株買いとする場合にはみなし配当課税が生じ、後継者候補に負担が大きくなるため、交渉の過程では誰が買取人になるかも重要なポイントとなります。
スクイーズアウト
贈与した株式(議決権)比率によってはスクイーズアウトによって一方的に取得できる場合もあり得ます(特別支配株主の株式等売渡請求(議決権90%)、株式併合(議決権3分の2)、全部取得条項付種類株式の利用(議決権3分の2)など)。
ただし、この場合には価格についての手当のしようがないので、時価で買い取らなければなりません。
以上のような状況にない場合には、一方的に取得することは困難です。
この場合には、任意交渉で取得することを試みます。
しかしその交渉では価格の交渉が避けられません。
もし価格に折り合いがつかなければ交渉での取得を断念せざるを得ない場合もあります。
この場合のその後の会社の運営については、ある種敵対的な少数株主が存在する状態になりますので、こうした少数株主対応が欠かせません。
少数株主だからといって軽視することはできず、しっかりとした対応をしなければいけません(別のQ&Aで解説します)。
以上の通り、既に渡してしまった株式を取り返すことは難しいものです。
たとえ無償の贈与であってもです。
このため、万一の事態が生じて取り返さなければならなくなった場合への備えが重要です。
例えば贈与時の契約の内容に解除権が発生する場合があることを含めること、種類株式の形で発行すること、株主間契約を交わすことなどが選択肢となります。
また、別のQ&Aで解説しますが、贈与を信託譲渡の方法で行う、ファミリーガバナンスの文脈でファミリー契約を交わす、ファミリーオフィスを設立してその運用として(ファミリーオフィスの株式を)贈与するなども選択肢となります。
また、事業会社そのものの株式を渡すと少数株主対応を含むガバナンス問題が経営に直接影響してしまうので、ホールディングス会社(持株会社)を設けてそこの株式を渡すということも万一の際には防衛ラインとして機能すると思われます(別のQ&Aで解説します)。
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