岩崎総合法律事務所は、資産家、経営者、投資家、高額所得者などの「富裕層」と呼ばれるお客様に対する法務サービス Legal Prime® を提供して参りました。その中で、M&Aでエグジットして多くのキャッシュを獲得するお客様のためにもサポートして参りました。
M&Aを巡ってトラブルになるケースは増加しています。
統計上、M&Aを巡る訴訟の事件数は昭和23年以降現在までの事件数に対して、平成20年以降現在までの事件数がほぼ同程度になるほどの勢いです。
トラブルは訴訟ばかりでなく裁判外でも起こるものですが、M&Aをしようとする際あるいは実行した後になって、相手とトラブルになるとき、当事務所はそれを穏便にあるいは法的に、お客様にとって最善の解決となるようにサポートしています。
以下では、特にエグジットするオーナー・売主のためのポイントとして、「M&A」を巡るトラブル対応のうち特に実行「後」の段階における注意点をQ&A形式で解説いたします(特に断らない限り株式譲渡のケースを前提にしております)。
※ 譲渡実行「前」のトラブル対応に関するコラムはこちらをご参照ください。
弊事務所では、富裕層法務サービス Legal Prime® を通じ、資産家、投資家、会社経営者などの資産・収入の多いお客様に対し多様なサポートを提供してまいりました。
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株式譲渡契約書においては、アーンアウト条項を定める場合があります。
アーンアウト条項とは、クロージング日以後の一定の基準に基づいて価格調整を行うこととする条項です。
通常、実行時の価格に対して、実行後の事情次第でプラスして支払うとするものです。
こうしたアーンアウト条項に基づいて追加で支払いを受けられるべき状況か問題になることがあります。
アーンアウト条項が客観的に恣意なく確定しうる指標(売上高等)を採用していれば特段権利性を巡って問題になることは少ないと言えます。
しかし、そうではないもの、例えば純利益などを指標とする場合にはそれが正当に算出されたものといえるかについて注意が必要です。指標が財務会計上の数値を前提にするものである場合にはその会計基準・会計処理方法等についても確認が必要です。
また、アーンアウト条項は、クロージング後の対象会社の状況次第となるところ、クロージング時点以降は買主が株主となるため、買主のせいで対象会社の状況が悪化したり、基準を達成できないといったトラブルがありえます。
こうしたときには、株式譲渡契約書中に、アーンアウト期間中における買主の義務(対象会社の事業の一部の売却の禁止等)が定められている場合には、この違反がないかを確認することになります。
また、こうした違反があり得た場合、違約金等の定めがある場合にはかかる違約金を請求することもあり得ます。
アーンアウト条項を設ける場合の注意点
アーンアウト条項を設ける場合には、本文にて言及したような解釈適用の明確性を確保しておくことが重要です。
また、ごく限られた例とは思いますが、実行時の買取価格に対してアーンアウト条項の価格が大きいなど、アーンアウト条項の履行確保について買主の信用性を考慮して慎重に対応すべき場合には、エスクローを一部設定したり、買主や対象会社の資産に担保権を設定するなどとして対応することも検討の余地があります。
株式譲渡実行後、事後的に判明・生じた事情によって、買主から金銭の支払いを請求される場合があります。
例えば、表明保証条項の違反が発覚した、コベナンツ条項の違反が生じたといったような場合です。
こうした請求は、株式譲渡契約書に定める補償条項(買主に生じうる損害を担保するために契約上の定めとして表明保証違反等言っての事由が生じた場合に金銭にて補償する義務を定める条項)に基づく場合もあれば、民法の債務不履行に基づく損害賠償請求である場合もあります。場合によっては、補錯誤無効・契約解除などを理由とする代金返還請求の形をとる場合もあります。
請求を基礎づける事情があるか、証拠があるかを確認することはもちろんですが、売主側からも反論できる事情がないか確認します。
例えば、表明保証違反については、開示別紙(表明保証条項に違反する事実等が既に認識されている場合に、その旨を積極的に開示することで表明保証の対象から除外するためのもの。ディスクロージャースケジュールとも言います)を設けている、表明保証の除外事由が定められている、買主が表明保証違反事項について故意・重過失がある、といったような場合には、請求を排斥できる場合があります。
また、請求に期間制限を設けている場合などはそうした期間制限の問題で対応できないかということも確認します(期間制限を例外的に取り除く特別補償請求条項がないか、それに該当する事情がないかも合わせて確認が必要です)。同様に、救済手段の限定などを設けている場合などはこれで対応できないかということも確認します(救済手段の限定についてはQ6をご参照ください)
表明保証条項からの除外
開示別紙は、その記載内容についてどの程度の粒度で記載するか検討します。
より抽象的なリスクの記載とすることによって、より広範に表明保証から除外することとなりうる一方、抽象的すぎる場合にはかえって開示別紙として機能しないとか、解釈の争いとなって紛争化してしまう場合もあります。また、同様にデュー・デリジェンスの過程で開示した情報を包括的に表明保証から除外することも検討の価値があります。開示別紙と同様、表明保証の対象から除外する方法の一つです。
ここについても広範な記載とすること(例えばインタビューの内容も含めた一切など)によって、広く表明保証から除外することとなりうる一方、簡単な記載にとどめてしまうとかえって表明保証の除外として機能しないとか、解釈の争いとなって紛争化してしまう場合もあります。
特別補償条項の定め方
特別補償条項の定め方には注意が必要です。
売主の責任範囲を拡張するものであるため、その点では特別補償条項の範囲を狭く定めたほうが売主にとってよいものです。
しかし一方で、特別補償条項は、売主が表明保証の違反を回避するために、売主が認識している違反事由を表明保証から除こうとするその裏返しの位置づけです。
つまり、すでに認識済みの問題を開示別紙・表明保証からの除外などで取り除くことなく放置し、結果的に表明保証違反となってしまうと、金銭補償・損害賠償の問題に加えて、前提条件が不充足となって実行自体実現しない可能性が生まれてしまいます。一方で、認識済みの問題を明示的に表明保証の対象から取り除くことで特別補償条項として定められることになったとしても、それはあくまで金銭補償・損害賠償の問題のみに帰着し、実行自体実現しないといった事態は通常の場合避けられるということです。このように、表明保証違反を構成する事情がある際に、これに気づけたのであればそれを黙認しておくことは(当然といえば当然ですが)望ましくなく、あくまで適切に開示し、あとは特別補償条項の範囲や内容の定め方について慎重に取り決めることが通常あるべき対応です。
説明義務を巡っては、あえて虚偽の事実を告げてはいけないというものから、買主の判断材料の提供のために積極的な情報を告げなければならないというものがあります。
前者はある意味当然のことではありますが、一方後者のような
積極的説明義務について裁判所は慎重なスタンスであって、実際の事案では否定するものも多いです。
しかし、売主と買主の力関係、買主の調査能力・調査の程度、質問・回答の状況、取引の前提の共通認識の内容、情報の重要性等個別具体的な事実関係次第では肯定される余地もあります。特にそれがわかっていれば即取引中止となるようなものについては肯定される可能性があり、実際にそうした裁判例も存在します。
また、そもそもこうした情報提供・事実の開示が表明保証違反を構成する場合には、補償責任等を負うことにも注意が必要です。
どういった説明義務が問題になっているのか買主の主張・根拠を確認して、買主の主張に理由があるものかどうかを過去の裁判例等を分析して対応していきます。
賠償の範囲は、その請求の根拠によって考え方が異なります。
まず、補償請求等契約書に定められた内容に基づく請求の場合には、契約書の定め・解釈によるところとなります。
例えば、弁護士費用を含むか、対象会社(及びそのグループの会社)に生じた損害も買主の損害とされるかなどについてどのように定められているかを確認します。
一方、契約書上に根拠のない請求については、民法の解釈に従ってその損害の範囲や因果関係を検討していくことになります。
民法上の損害の解釈について差額説(違反状態がなかった場合に想定される状況と現況とを比較してその差を損害とするもの)とするとき、裁判例には、大要以下3つの考え方がみられます。
①譲渡価格そのものとするもの(但し株式の客観的価値分は除く)
※「客観的価値」の考え方が重大な論点となります(必ずしも処分価額とはされません)
②想定譲渡価額との差額(違反状態を知らなかったがゆえに高値つかみしてしまった分)を損害とするもの
※「想定譲渡価額」の考え方が重大な論点となります(特に譲渡価額の決定の基礎となる算定方法がある場合には、かかる算定にて前提とする事実の違いによって生じる差分いかんが重要です)。
③対象会社に生じた損害とするもの
※買主とは別人格の対象会社に生じた損害を、買主にとっての損害と評価できるかが論点となります。
いずれの請求であっても、実際に損害が生じているか、金銭評価するとしてどのような評価であるべきかはよく確認する必要があります。なんらかの違反があるとしてもそれが重大な表明保証違反を理由とするものか、軽微なコベナンツ条項の違反を理由とするものまで様々です。
請求額の下限条項(一つ一つが軽微な問題でありその損害額が小さいときこれを一つ一つ対応しなければならないか、合計すると大きな額になるときはどうかなどについて、あらかじめ下限を定める条項)を設けている場合にはその適用を確認します。
他にも、どのような請求であっても契約書上の賠償額の上限や、期間制限、救済手段の限定(契約上明示的に定められた補償の内容・手段に限定され、民法上の債務不履行責任に基づく損害賠償請求はできないことが合意されることが多いです。)、保険優先処理(売主に請求する前に保険を優先させ、保険によってカバーされなかった限りで売主に請求すべきという処理)、損害軽減義務(いたずらに損害を拡大させた場合にはかかる拡大分についての負担は買主が負うべきというもの)など、売主を保護するための条項が設けられている場合には、これらが賠償範囲を制限する効果の確認も不可欠です。
一概に、上限の定めさえあればそれ以上はノーリスク、とはいえません。
まずは、株式譲渡契約書中のその上限の定めがどのように規定されているかをよく確認します。
例えば、一口に上限の定めといっても、一律に定められている場合もあれば、特定の事項についてのみ定められているなど様々です。
具体的には、取引の根本的な違反(株式譲渡権限を有しなかったなどの取引の根本に関する直接的な違反)の場合や、故意による違反の場合には上限の適用が除外されている場合もあります。
もっとも、こうした場合に株式譲渡契約書中に明示されていなくともその解釈からして上限の定めの適用が排除される場合もあり得るものと思います。
一概に、救済手段の限定の定めさえあれば法令上の責任はノーリスク、とはいえません。
紛争となることを見越して救済手段の限定の規定を設けていることは多いと思います。
すなわち、株式譲渡契約書中に定める補償等を除いて、法令上の責任は負うことはしない、といったものです。
こうした救済手段の限定の定めが、株式譲渡契約書中どのように規定されているかを、まずはよく確認します。
例えば、救済手段の限定については、補償等の金銭についてのみ対象としている場合もある一方、解除等契約終了による原状回復義務についても対象としている場合もあります。
また、上限の問題と同様に、取引の根本的な違反の場合や、故意による違反の場合には上限の適用が除外されている場合もあります。
こうした場合に、株式譲渡契約書中に明示されていなくともその解釈からして上限の定めの適用が排除される場合もあり得る点も同様です。
買主から金銭の支払請求を受ける場合には、それに先んじて売主が受領した譲渡代金が仮差押えの対象になることがあります。
多くの場合、買主が請求権を回収する際の引き当てになるのはこうした譲渡代金であるからであり、実際にこうした例があります。
一時的に凍結こそされるものの本案の結果が出るまで待てばよいと考えられるかというと、そうもいきません。
売主には譲渡に伴って譲渡益に課税され、かかる納税資金を期限までに捻出しなければならないからです。
多くの場合、納税原資は譲渡代金そのものを引き当てにしていますから、これが仮差押えによってロックされてしまうと期限までに納税できなくなります。
期限を超えれば、納期限から2か月以内は未納の税額×7.3%、2か月を超える日からは14.6%の延滞税が生じます。
最終的には納期限から1か月程度で税務署から督促状が送付され、その後滞納処分がされます。
譲渡代金が莫大な額であるとき、こうした延滞税の負担は大きくなります。
そこで仮差押えから解放されて期限内に納税できるよう検討します。
まず、仮差押解放金(仮差押えの執行の停止又は取消を得るために債務者が供託すべき金銭)を供託して仮差押えを停止・取消ししてもらうことです。
この金銭は裁判所が仮差押命令において職権でその額を定めるものですが、通常相当な額の提供を求められますので、譲渡代金以外にまとまった資産がない場合には仮差押解放金の制度を利用することは難しいものと思われます。
仮差押え命令についてその被保全権利の存否や保全の必要性がない等仮差押命令が不当であると主張しうる場合には保全異議の申立ても検討します。
なお、(通常こうした要件を満たすことは難しいものですが)明白に被保全権利や保全の必要性がない状況で、仮差押えによって償うことのできない損害が生じるおそれがあるような場合には、仮差押えの停止や取消しを求めることも検討します。
株式譲渡契約書中には、売主の競業避止義務について定められていることも多いです。
もっともその内容は案件ごとに異なることが多く、自身の株式譲渡契約書にどのように定められているかよく確認することが大切です。
例えば、いつからいつまでの間のことか、地域的範囲の定めがあるか、禁止される事業(対象会社の事業そのものか、関連するものを含むか)や行動(事業そのものか、関連するものを含むか)の範囲はどのようなものか、などを確認します。
なお、競業避止義務については(特に従業員にそれを負わせる場合に)有効性が問題となることもありますが、売主の競業避止義務については比較的広く有効性が認められやすいものであることにも注意が必要です。
買主が指摘する競業避止義務違反の内容をよく確認し、売主のした解釈をよく説明して対応します。
売却後、一定期間経営を継続することを約束したものの、十分な成果を上げることができず、会社価値が下落してしまうこともあります。こうしたとき、責任を負うことはあるのか問題になることもあります。
この点、かかる経営の継続がアーンアウト条項に紐づいている場合には、追加の支払いを得られないおそれはありますが、成果が出なかったことをもって損害賠償や補償等の責任を負うことは通常であればないものと思います。
アーンアウト条項は価格調整条項の一つですから、売主に返金させる形での価格調整も理屈上はあり得ますがそうしたものは実務上見ることがなく、ほか、株式譲渡契約書中にクロージング後の売主の経営従事を通して成果が出なかった場合の売主責任を定めることもまずないと思います。
もっとも、明らかに善管注意義務に違反しているなど、成果が上げられなかったことの責任が専ら売主にあることが明確である場合などには、民法あるいは会社法上の定めに基づいて責任を負う場合がありますので、この点には注意が必要です。
ほとんどの場合、売主は対象会社の代表取締役です。
そうした場合には、仮に会社に損害を与えてしまっていたとしても、株式譲渡契約に基づく表明保証の違反等を理由とする補償請求の問題が検討されるので、あえて代表訴訟の問題になることは通常はないようにます。
もっとも、補償請求の内容に制限が生じている場合で損害を回復できないと買主が考える場合などには、代表訴訟の形で問題になることもあります。
また、買主以外の株主(例えば買主が譲渡した先の転得者など)が責任追及すべきと判断するような場合にも問題になり得ます。
一度売却してしまえば、その後のコントロールが効かなくなってしまいますので、売却前にはこうした問題の状況や、問題解消のための措置を検討します。
今回は、M&Aトラブルの問題について特に売主のためのポイントとして、譲渡実行「後」の注意点を解説してきましたが、これらのトラブルを円滑に解決するためには、事実関係及び法律関係を整理して、適切な分析に基づいた方針のもと対応していくことが必要です。
もし、M&Aのトラブルでお悩みの方は、初回のご相談は30分間無料ですので、お気軽にご相談ください。
※ ご相談の内容や、ご相談の態様・時間帯等によっては、あらかじめご案内の上、別途法律相談料をいただくことがございます。