オーナー企業の経営者にとって、自社株の承継は、まさに一生に一度の大きな決断と言えます。周りから「今のうちに贈与を」と勧められ、すでに生前贈与の準備を進めている方も多いでしょう。
しかし、「信頼しているから大丈夫。」という善意に基づいた贈与が、後継者の脱落や家族環境の変化によって、取り返しのつかない事態を招くことがあります。
本コラムでは、法務・ガバナンスの観点から、後悔しないための生前贈与のポイントを解説します。
既に生前贈与された方についても、今からできる対策についてご紹介しますので、ぜひご覧ください。
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(1)支配権争いの“直接の原因”は、株式を渡したこと
(2)結婚・相続を通じて、“ファミリーの外”に株式が流れていくケース
(3)後継者の“脱落・暴走”と、高額な株式買取要求を受けるケース
(4)全ての株式を贈与した結果、ファミリービジネスそのものが消えてしまうケース
(1) “契約・ガバナンスの設計”が抜け落ちている
(2)「種類株(無議決権株)として贈与したから大丈夫」という過信
(1)贈与は契約書を交わし、事後的に株式を取り戻す権利を組み込む
(2)信託を活用する

一定以上の規模になったオーナー企業では、株式の生前贈与は「やるか・やらないか」ではなく、「いつ・どのようにやるか」というテーマになります。
背景にあるのは、よく知られているとおり相続税の負担です。
最高税率55%が、数世代にわたって繰り返し襲いかかると、どれほど大きな事業・資産の規模があっても大きく目減りすることになります。
さらに、相続税を支払うために
•株式を第三者に売却せざるを得なくなったり
•会社に金庫株として買い取らせるために会社の内部留保を取り崩したり
といったことが起きれば、ファミリーの資産だけでなく、会社そのものの体力・支配権が削られてしまいます。
したがって、経営者が
•上場前に子ども名義の資産管理会社を作り、そこに株式を集約する
•なるべく株価が低いうちに生前贈与をしておく
といったよくある節税方法を実践するのは、ファミリーの財産を守ると同時に、会社を守るための合理的な行動とも言えます。
問題は、「やるか・やらないか」ではなく、どう設計するかです。
税務面のみを重視して拙速に進めると、大きな問題を呼び込む可能性があり、実際に取り返しのつかない事態に陥ったケースもあります。

支配権争いが起きるとき、感情面ではさまざまな要素が語られますが、法的な決着を左右するのは「株式を誰がどれだけ持っているか」です。
報道されている有名なものには、大塚家具やユニバーサルエンターテインメントの事件があります(「大塚家具の経営混乱、父と娘が対立」 日本経済新聞 2015年2月27日、「ユニバーサル創業者、「お家騒動」の和解求め家族を提訴」 ロイター 2017年7月3日)。
いずれも背景は異なりますが、
•節税や事業承継を見据えて、創業者が子どもに株式を生前贈与した
•子どもが株主として議決権を持つようになった
•結果として、創業者と子どもとの間で経営権を巡る対立が顕在化した
という点では共通しています。
もし株式を渡していなければ、同じ対立があっても「株主総会で親を解任する」という展開にはならなかったかもしれません。
つまり、支配権争いの直接の原因は、節税・後継者指名のつもりで渡した株式そのものにあります。
後継者への信頼は不可欠であり、信じられなければ何も託せません。
一方で、重い税負担という現実がある以上、いつまでも何もしないでいることはできません。
重要なのは、信頼と疑いのバランスの取り方です。
そして、いざという時に後戻りできる道、つまり、株式のコントロールを取り戻す手段を残しておくことです。
「信頼しているから大丈夫」と、何も対策をとらずに株式を贈与してしまうと、
後から「株主としての正当な権利」を振りかざされたとき、創業者側には法的な対抗手段が残されていないという状況に陥りかねません。
そのため、最低限のガバナンスは効かせておくべきでしょう。
結婚・相続を通じた株式の分散・流出も問題です。
典型的には次のような流れです。
1.創業者が、事業会社の株式を管理している資産管理会社の株式を子どもに与える。
2.その後、子どもが若くして死亡する。
3.相続により、上記株式はすべてその子どもの配偶者へ移転する。
4.配偶者が再婚し、さらに死亡すると、その再婚相手との間の子どもなど、創業家と血のつながりのない第三者に株式が承継されていく。
こうして、「一度外に出た株式」は、どこまでも流出していきます。
節税やガバナンスの観点からファミリービジネスの株式保有のために資産管理会社を利用するケースは多く(資産管理会社については、こちらのコラムもご参照ください。)、上場企業のうち4社に1社は資産管理会社を利用しているとの報告もあります(「上場4社に1社 ファミリー『資産管理会社」』の正体」 日本経済新聞 2017年8月9日)。
特に、上場前の段階で株式を子どもの資産管理会社に持たせている方は多いと思います。
こうした資産管理会社の持株比率は、時に創業者個人よりも大きな場合もあります。
それが、創業家とは全く縁もゆかりもない人たちに分散するリスクは深刻なものです。
次は、後継者を信じて株式を渡した結果、その買取を要求されたケースです。
後継者への信頼が、思わぬ形で裏目に出た一例を示します。
ある創業者は、長男を後継者と決め、会社の株式の約40%を生前贈与しました。
ところがその後、長男は精神を病んで会社に来なくなり、連絡も取れない状態が続きます。
しばらくしてから、長男側の代理人として名乗り出てきたのは、弁護士などの専門家ではない見ず知らずの女性でした。
その女性を通じて会社に伝えられたのは、
「あなたの会社の価値の40%にあたる金額で株式を買い取ってください。買い取らないのであれば、どこかに売却します。」
という要求でした。
創業者側にとってみれば、
•事業を支えてきたのは自分である
•長男はほとんど会社に貢献していない
•そもそも無償で渡した株式を、買い取れとはどういう了見か
という感覚ですが、法的には長男は40%の株式を保有する株主です。
買い取らなければ、第三者に売却され、支配構造を大きく崩されるリスクがあります。
ここでも問題の根源は、「俺の目に狂いはない」という信頼一本槍の贈与であり、
事後的にコントロールを及ぼす仕組みを何も用意していなかったことにあります。
もう一つ、支配権争いとは別の意味で深刻なのが、ファミリービジネスそのものが消えてしまうケースです。
典型的なパターンとして、次のようなものがあります。
1.創業者が、事業会社の全株式(あるいはそれに近い大部分)を後継者候補の子どもに生前贈与する。
2.創業者としては、「この会社を守り、将来も家族と社員を支える基盤として育ててほしい」という期待を込めて託す。
3.しかし、子どもは、自分なりの考えで、贈与された株式を投資ファンドなどの第三者に全て売却してしまう。
こうなると、ファミリービジネスは実質的に消失します。
経営権がファンドに移れば、経営の優先順位は「家族」や「地域」ではなく、「投資リターン」に置かれるのが通常です。
その結果として、
•創業者やファミリーにとっての「精神的な拠り所」であった会社が、もはや自分たちのものではなくなる
•先代から続いてきた地域社会とのつながりや、長年支えてくれた従業員との関係が変わり、ファミリーの手から離れていってしまう
•売却代金としてまとまった現金は入るものの、後継者がそれを好き勝手に使ってしまえば、守り抜くべき事業も、ファミリーの誇りも、次世代へ引き継ぐべき財産も、何一つ残らない
という事態が起こりえます。
創業者からすると、事業としてのレガシーも、地域との接点も、きれいさっぱり失われてしまったという、大変つらい結末になります。
本来であれば、
•資本政策の段階で、ファンド等への売却を制限・コントロールする枠組みを入れておく
•少なくとも、ファミリー内で合意なく第三者に売却できないような株主間契約・ファミリーガバナンス契約を用意しておく
といった設計が必要でした。
このパターンは、支配権争いのように派手なニュースにはなりにくい一方で、
ファミリーが時間をかけて築いてきた「事業」「文化」「地域とのつながり」が一気に失われてしまうという意味で、非常に重い結果をもたらします。
多くの現場では、株式の生前贈与は
•顧問税理士や金融機関から「今やっておくと相続税がこう減ります」と提案され
•評価・税額試算が先に走り
•法的な契約やガバナンスは“付け足し”か、最悪の場合は何もない
という順番で進んでいます。
よく見られるパターンとしては、
•何も書面がないか、「贈与証書」と題する確認文書しかない
•贈与契約書は作られているものの、贈与する旨しか記載のないA4・1ページ程度の書面でしかなく、負担付き贈与や解除条件が全く入っていない
•株主間契約やファミリー間合意(ファミリーガバナンス契約)もない
といったケースです。
この状態でトラブルが起きると、
後から「株式のコントロールを取り返す」ための手段がほとんどありません。
もうひとつありがちなのが、
「無議決権株として贈与したから、揉めても安心」
というパターンです。
たしかに、種類株は非常に強力なツールです。
しかし、議決権がなくとも、株主であるが故の権利が全て奪われるわけではなく、持株比率の大きさも考慮すると、重大な問題になりえます。
上述した株式の高額での買取請求もその一つです。昨今、ファミリービジネスに大きな影響を与えている、「少数株主の紛争」よりもさらにスケールの大きい紛争が起こり得ます。
種類株は、
•株式を保有する家族の関係悪化・脱落・支配権争い
•将来の相続・再婚・第三者譲渡
といった事態まで、自動的にカバーしてくれるわけではありません。
種類株の設計と同じくらい重要なのが、
•どういう場合にコントロールを及ぼせるのか
•家族が相続や離婚をしたときにどう扱うか
といった契約・ガバナンスのレイヤーです。
ここが抜けたまま「種類株までやったから、もう十分。」と思ってしまうことが、
後から大きなリスクとなって跳ね返ってきます。

では、どうすればこうしたリスクを予防できるのでしょうか。
ポイントは「贈与の仕方」です。
贈与は一度完了すると、原則として一方的に取り消すことはできません。
たとえ、受贈者が不義理を働いてもです。
上記の通り、贈与の結果を受けて様々な問題が生じている事実があります。
そこで、贈与時には、適切に契約書を交わし、そこには、のちの紛争に備え、贈与の目的・条件・解除事由をあらかじめ定めておかなければなりません。
例えば、負担条項・解除条項を設けることです。
・支配権争い等の紛争を起こさないこと
・一定期間、会社での勤務・役員就任を継続すること
・無断で株式を第三者に譲渡しないこと
といった趣旨の「負担」を課し、これらに反した場合には、贈与契約を解除し、株式を返還させる旨を定めておく方法があります。
ただし、以上のような負担や条件の設計は、贈与者側に一定のコントロールを残すことを意味するため、税務上も“完全に手放した”とは評価されない場合があります。
そうなると、例えば将来の相続発生時に、当時の贈与の事実が否認され、相続税が課せられるか論点になる可能性があります。
このため、税務上想定外の評価・課税を被ることのないように、慎重な検討が不可欠です。贈与契約とガバナンスについては、こちらのQ&Aも参照ください。
ここまで踏み込んで作られた贈与契約は、単なる「贈与証書」とは別物です。
後継者が脱落・暴走した場面でも、会社とファミリーを守る最後の防波堤になります。
また、信託を活用することも検討できます。
信託は、「経済的な利益」と「議決権などのコントロール」の切り分けや、事後的に権利の内容や帰属先をコントロールできる点に特徴があります。
例えば、創業者が株式を受託者に信託し、受益者を子どもとすることで、
•株式の議決権行使は創業者や受託者が担う
•配当などの経済的な利益は、受益権として子どもに帰属させる
という構造をとります。
こうすることで、次のようなメリットが考えられます。
•子どもに「株式そのもの」を直接渡さないため、結婚・相続・離婚・再婚といったライフイベントを通じた株式そのものの流出リスクを低減できる。
•信託契約の中で、議決権の行使方針や承継のルールを細かく定めることができ、創業者の意思やファミリーガバナンスの方針を反映しやすい。
•紛争が生じる場合には、その受益権の内容や帰属先の変更、あるいは消滅させるといった設計も可能になる。
一方で、信託は設計次第で税務上の評価・課税関係が大きく変わります。
贈与契約書に関して上述したような税務上の注意点は信託にも当てはまります。
そして、信託は、本質的には受益者のための仕組みです。その本質に抵触する信託は無効とされるため、受益者と敵対的関係に立つときに、設計した信託をイメージ通り活用できるようにするためには、慎重な設計が必要です。
このように、「信託だから安全」と安易に考えるのではなく、税務、法務の観点から事前に精緻に検討しておく必要があります。
信託は、単に「贈与の代わり」ではなく、贈与契約・株主間契約・ファミリーガバナンス契約などと組み合わせて使うことで真価を発揮するツールです。
「もう株を渡してしまった。今さら何かできるのか。」という相談も多くあります。
たしかに、贈与前より選択肢は減りますが、それでも打てる手はまだあります。
すでに株主となっている家族間で、譲渡制限・買戻条件・議決権行使ルールを定めた契約を結ぶ。
既存の株主構成を前提に、議決権や取得条項の内容を含む種類株を導入したり、それぞれの株式を信託に移して、信託のルールでの管理を検討する。
贈与に起因するものに限らず、あらゆるトラブルは、それを起こそうとする動機(モチベーション)と、トラブルになっても構わないという自己正当化(規範意識の越境)が原因です。そこで、トラブルの動機を与えず、自己正当化を許さない環境を作ることができれば、トラブルの回避につながります。
この点で、例えばファミリーガバナンス契約や、ファミリー会議などを活用することが考えられます。
なお、「ファミリーガバナンス契約」とは、創業者・後継者・他の家族や株主などが参加し、
•株式をどのように承継・譲渡するか(承継の方法や、譲渡が認められる条件)
•どのような場合に誰が議決権を行使できるか
•相続・結婚・離婚が起きたとき、株式・財産をどう扱うか
•ルールに違反した場合のペナルティや買戻し条件
などを包括的に取り決める合意書です。
会社法上の株主間契約の要素もあれば、家族間合意の要素もあり、純粋な商事契約とも、単なる家族会議のメモとも異なる、ハイブリッドなルールブックと言えます。
ファミリーガバナンス契約についてはこちらのコラムでも解説しています。

株式の生前贈与は、相続税のもたらすファミリーやビジネスへのインパクトを考えれば、多くの経営者にとって「やらざるを得ない」テーマです。
しかし、税務の面だけを見て生前贈与を進めると、
•支配権争いを自ら招き寄せてしまう
•結婚・相続・再婚を経て、株式が全く関係のない人に流れていく
•後継者の脱落・暴走により、高額な株式買戻しを迫られる
といったビジネスの危機を引き起こしかねません。
だからこそ、
•税務
•法務
•ファミリーガバナンス
•家族それぞれの価値観と将来像
を同じテーブルに乗せて検討することが重要です。
岩崎総合法律事務所では、創業家・資産管理会社・事業承継をめぐる紛争やその予防に取り組んできました。
本コラムで触れた内容は、いずれも一般論に過ぎず、実際には、家族構成・事業のステージなどにより、取るべき選択肢は大きく異なります。
•すでに株式の生前贈与を進めている方
•これから上場や事業承継を見据えて検討を始めたい方
•ファミリーガバナンスや資産管理会社の設計を見直したい方
こうした課題をお持ちの方は、どうぞ当事務所にご相談ください。