経営者の二世との離婚は、通常の離婚とは異なる特有の課題を伴います。
婚姻費用、養育費、財産分与といった基本的な論点に加え、経営者の家族や事業に関連する複雑な問題が絡むことが多いためです。
本コラムでは、配偶者側が離婚手続きを進める上で直面する可能性のある課題を深掘りし、それぞれの課題に対処するための対策について解説します。
弊事務所では、富裕層法務サービス Legal Prime® を通じ、資産家、投資家、会社経営者などの資産・収入の多いお客様に対し多様なサポートを提供してまいりました。
これにより得られた知見の一部を書籍化し発売中です。ご興味をお持ちいただけましたら、書影をクリックして詳細をご確認ください。
財産分与における課題
⑴ 財産の特定と特有財産性
⑵ 株式の評価
⑶ 婚前契約の影響
⑷ ファミリーガバナンスの影響
⑸ 退職金の扱い
⑹ 離婚後の株式保有リスク
先代・親(祖父母)からの影響
三世となる子どもの将来への影響
離婚交渉における重要なポイント 二世や親の立場を考慮した交渉
会社の規模や二世の経営者としての責任が大きい場合、経営者二世の収入が非常に高額になる場合があり、一般的な世帯の婚姻費用の算出にあたって用いられる婚姻費用算定表(算定表については裁判所のサイトを参照ください)を用いず、異なる方法で婚姻費用を算出することが必要となる場合があります。
このような、高額所得者世帯の婚姻費用の算出方法についてはこちらのコラムで詳しく解説していますのでご参照ください。
先代がまだ経営に関与しており、経営者二世への事業承継の途中の場合には、将来の相続税等の納税に備えるためにあえて役員報酬を高額にしていることがあります。
通常の会社では業績や能力等に応じて報酬が決められますが、ファミリービジネスの、特に承継を計画する場面ではこのような対応が取られていることがあります。
こうした相続税対策に備えた高額な所得を婚姻費用算定上の所得として計算してよいのかについては微妙な問題があります。
すなわち、婚姻費用は生活費であるところ、相続税対策のために支給されている役員報酬は基本的に生活費ではないからです。
上記で紹介したコラムでも解説しているとおり、収入が高額となる場合は、額面上の所得を婚姻費用算定表の計算式に代入して得られる結果を婚姻費用にしようとすることはしないのが通常です。
収入が高額となる場合、婚姻費用の額は、結局は同居期間中や直近時点の生活水準が重要になります。
とはいえ、生活水準のみが考慮要素というわけではなく、支払義務者の支払余力・能力がどの程度のものかも判断に大きく影響するので、経営者の二世の所得がどうしてそうした所得になっているのかについてはやはり注意する必要があります。
一方で、経営者の二世の収入が必ずしも明らかではない場合、実際の年収に沿った適切な婚姻費用や養育費を主張するのが難しくなります。
役員報酬、株式配当、二世が経営する企業から受け取っている利益など経営者の二世の収入を正確に把握することが重要です。
収入については、弁護士会照会、調査嘱託、文書提出命令、情報開示命令等を用いて、収入資料の提出を求めることが考えられます。詳しくはこちらのコラムをご参照ください。
また、経営者の二世の場合には、家族ぐるみで経営者の二世の収入を操作し、実際の収入を低く見せる行為が行われることもあります。
このような収入操作が行われている場合、配偶者の立場としては、まずは、経営者二世の親が経営する会社が同族会社であることを示す資料(会社の決算書のうちの「同族会社の判定に関する明細書」が代表的です。)や親の一存で収入を操作することができることを示す資料を収集したり、経営者二世の過去の収入に関する資料等を比較するなどし、収入操作の有無を証明する材料を集めることが重要です。
裁判所の手続では、会社の売上や営業利益に変化があるか、役員陣それぞれの収入変動の状況、販管費の変動状況などに着目し、経営者二世の収入を下げざるを得ないような状況であったかが主な争点となります。
特にファミリービジネスの場合には、他の家族の収入が一切下がっていないのに、離婚紛争当事者である経営者二世の収入だけが著しく下げられている、といったことが行われているケースが見られ、このようなことが行われている場合、収入操作の疑いがかけられやすいです。
経営者の二世は、親族から事業承継の一環として贈与された株式や企業資産を保有していることが一般的です。
これらの財産は特有財産(夫婦それぞれが名実ともに単独で所有する財産として財産分与の対象とならない財産)と見なされる可能性が高く、離婚時に夫婦共有財産として分与の対象となるかどうかが争点になります。
ただし、特有財産性の立証は、特有財産であることを主張する側(ここでいう経営者二世側)から行う必要があり、立証上においては配偶者に有利です。
とはいえ、これらの財産の承継にあたって、周到に贈与契約書や議事録を作成しているケースもあり、適切に経営者の二世の側から特有財産性が立証されることもあります。
特有財産性の立証にあたって見落としがちなのは、納税資金の拠出元です。
相続財産や贈与により承継された財産であったとしても、これらにかかる納税資金が夫婦共有財産から支出されている場合には、承継された財産の特有財産性が否定される可能性があります。
もっとも、相続で二世に資産が承継される場合多くは相続された遺産から納税しているため、相続財産の特有財産性が問題なく認められ争点になりにくいです。
他方で、生前贈与で資産が承継される場合には、親から納税資金の贈与を追加で受けている場合とそうでない場合があります。
親から納税資金の贈与を受けておらず納税資金を夫婦共有財産から拠出している場合には、生前贈与された財産の特有財産性が否定される可能性があります。
資産承継では、あえて贈与ではなく有償譲渡が行われる場合があります。この場合に、親から二世に有償譲渡された財産の特有財産性が問題になります。
例えば、婚姻期間中に株式について有償譲渡されている場合には、その株式は夫婦共有財産として財産分与の対象になるのが原則です。
ただ、過去に親から贈与された資金を原資として有償で当該株式を購入している場合には特有財産と評価される可能性もあります。
特有財産と認められるか否かは、有償取得の原資が親からの贈与資産であることを契約書等の客観的資料をもって主張してきているかどうかがポイントになります。
周到に贈与契約書や議事録を作成している場合があることはすでにご説明しましたが、他方で、株式や不動産が特有財産であることを立証するための契約書や議事録が不十分な場合もよくあります。
この場合、配偶者側から共有財産性を主張しやすくなります。配偶者側が共有財産性を主張する場合、贈与や承継の経緯を記録した証拠を綿密に精査することが重要になります。
会社の決算書のうちの「同族会社の判定に関する明細書」から株式が移転していることは読み取れるものの、議事録や契約書といった資料はなく、贈与により移転したのか、有償譲渡により移転したのか判然としないことがよくあります。
資料がない理由についても、相当の期間が経過しているために散逸したケースや、今となっては資料収集できないというものもあるようですが、それよりもそもそも作成されていないケースがたいへん多いように思います。なかには贈与税の申告もされていないというケースも散見されます。
なぜ資料がないのかは様々ですが、一番よく耳にするのは必要であることを認識していなかった、というものです。つまり、ファミリーのことだから契約書はいらないといったようなことです。
離婚問題に関わらず例えば議事録など会社法上作成しなければならないものもあります。ファミリービジネスでは会社法への意識が薄くなっている会社もあるように思いますが、せめてそれくらいは必要性を認識し作成しておきたいところです。
財産分与の対象となった場合、株式の評価額をどう算定するかが問題になります。
特に、ファミリービジネスでは多い未上場株式の評価には専門的な知識と慎重な検討が必要です。
未上場の株式の評価においては、決算書上の純資産額をベースにその評価額を算出したり、企業の収益性や事業継続性を考慮した評価方法を用います。
先代から株式を生前贈与、相続で承継している場合には、株価評価を得ている場合があります。
それは純粋な相続税評価ですから本来直接的な根拠にはならないのですが、交渉過程ではとても重要な意味を持ちます。
話し合いでの決着が難しく、判決によらざるを得ないとしても例えば評価証明書(「取引相場のない株式(出資)の評価明細書」)記載の内容やその裏付け資料はとても重要な意味を持ちます。
未上場株式についてはこちらのコラムで、不動産についてはこちらのコラムで解説していますので併せてご参照ください。
経営者二世の場合、ファミリーガバナンス契約が締結されているケースもあり、その中で経営者二世に婚前契約の締結が義務付けられている場合もあります。
婚前契約が存在する場合、婚前契約書での規定により財産分与の範囲が制限される可能性があります。
婚前契約についてはこちらのコラムでも解説していますので併せてご参照ください。
経営者の二世の財産分与においては、二世の家系でファミリーガバナンスが実装されているか否かも重要です。
例えば、ファミリーガバナンス契約上で特定の時点でのファミリーの株式保有数が記載されており、これが、二世の保有する株式の特有財産性を示す証拠となったり、経営者の二世の財産と思っていた財産が実はファミリーオフィスで資産が管理されており、財産分与の対象にならないといった事態が考えられます。
もっとも、ファミリーガバナンスが、配偶者への適正な財産分与を回避するための偽装的な取り組みとして行われている場合には、ファミリーガバナンスの取り組み自体が無効とされたり、ファミリーオフィスの財産であっても経営者の二世の財産とみなされ、財産分与の対象とされる可能性もあります。
近年注目されている「ファミリーガバナンス」という仕組みがあります。これは本来はファミリーの円満な発展のための仕組みで大変有益なものです。詳細はこちらのコラムをご参照ください。
日本ではまだ聞き馴染みのない言葉かもしれませんが、既にそうした仕組みが取り入れられているファミリービジネスもあります。ファミリーガバナンス契約書、株主間契約、ファミリー協定書などその名称は様々ですが、ファミリービジネスとファミリーの関係性について一定の仕切りを設ける試みが取り入れられています。
実際に、ファミリーガバナンスが取り入れられたファミリービジネスの経営者二世が離婚することもあり、当事務所でも事件をお任せいただくケースがあります。
そうした事例では、離婚するとはいえ子どもの親としての関係が続くことや配偶者にも相応の配慮がなされるべきことなどを踏まえて、離婚する際にもそのファミリーガバナンスの仕組みに基づいた取り決めがなされるなど、ファミリーガバナンスの仕組みは円満な解決に大いに貢献するという印象を持っています。
一方、ファミリーガバナンスの仕組みといっても離婚時の扱いが定められていないものもあります。
残念ながらそちらではファミリーガバナンスの仕組みを直接的に引き出して解決を試みることは難しいでしょう。
しかしそれでもファミリーガバナンスの精神やファミリービジネスが承継されてきた経過が離婚交渉の際に考慮されるべきではないかなど、最終的な離婚条件にファミリーガバナンスの精神を反映することで双方にとって穏便な解決を導くことができないかを検討することになるでしょう。
ファミリーガバナンスと離婚事件の関係についての詳細はこちらのコラムもご参照ください。
退職金が財産分与の対象となるかという問題もありますが、この点については、原則として退職金等も財産分与の対象となります。
経営者二世が退職金等を受けることができるか否かは、会社の退職金規定により判断できます。
ただし、役員の場合には退職金規定が存在しないケースもあり、それにもかかわらず退職金等を受け取っていることがあります。
このような場合には、先代の経営者が退職した際の状況や、確定申告書からわかる保険の積立の状況などから、退職金等を受け取っているか否かを推測し調査することとなります。
裁判所の手続きを経た結果、財産分与として配偶者に株式そのものが分与されるということもあり得なくはありません。例えば、経営者の二世側でどうしても現金を用意できない場合などが考えられます。
配偶者に株式そのものが分与されることとなれば経営者二世と配偶者の双方にリスクが生じます。
すなわち、経営者の二世側にとっては経営上のリスク(配偶者による経営参加権の行使、配当権など)があり、一方配偶者側では、不慣れな会社の経営に関与しなければならなくなるという負担に加え、それが原因で業績が悪化すれば結果として自身の財産が減少するというリスクがあります。
このようなリスクや負担を考慮すれば、例えば経営者の二世側からの財産分与の支払いが分割払いや将来の支払いになったとしても株式の代わりに金銭や不動産を分与する交渉のほうが、通常は双方にとって望ましいでしょう。
ファミリーガバナンスは一族の長がリーダーシップをとることも多いため、経営者二世の方々は自分の離婚であっても一族の長、例えば自分の両親から影響を受けることもあります。
それはファミリービジネスの扱いや重要なファミリー資産についての扱いといったようなものから、子ども(かれらにとっての孫)の親権や交流にも及ぶものまであります。
最終的な離婚条件そのものにも大きな影響を及ぼすことがある点も経営者二世世帯の離婚の特徴といえます。
前記のとおり、婚姻費用について家族ぐるみで収入操作がされるケースがあります。
また裁判所での全ての期日に先代・両親(祖父母)などが出席して離婚条件にも直接的に介入し、代理人もその先代を意識してやりとりしている様子であるなどといった、先代も当事者であるかのような様相を呈しているものもあります。
離婚事件は直接的には夫婦とその子どもたちの事件であり、過剰な先代の介入は事件を混乱させることが多いところですが、一方でその資産やビジネスを築き上げてきた張本人であり積極的な協力を得ることは離婚事件の適切な解決のためには重要ともいえることから、適切な対処が難しい部分ではあります。
経営者や資産家の方の場合、離婚が家庭内外の信頼関係に影響を及ぼします。財産分与にあたって、自社株式が財産分与されることとなれば、運営する会社に影響を及ぼします。
特にファミリービジネスにおいては、事業の継続や後継者計画に支障を来すリスクも考慮する必要があります。
財産分与により、ファミリービジネスの株式が分与されることとなれば、ファミリー以外の第三者がファミリーに介入してくるリスクがあります。
財産分与のために会社の資金に手をつけなければならないとき(例えば財産分与額を現金で用意するために自社株買いをしてもらわざるを得ないとき)には、会社のキャッシュが流出して財務状況が著しく悪化するリスクがあります。
子どもの将来に影響を及ぼす可能性がある場合、それにどう向き合うかは注意が必要です。
もっとも、仮に子どもの将来を思い、会社に影響を及ぼさない内容での和解を検討するにしても、確実に子どもが三世になるとは決まっていない場合や、そうなる可能性が高いとしても将来のことである場合には、会社のガバナンスや財務について一定の約束をしておかなければならないでしょう。
経営者の二世やその親族にとって、離婚が事業や財産に与える影響は深刻です。特に、自社株や企業資産が第三者に渡ることは、事業承継や経営権に重大なリスクをもたらします。
一族の資産、受け継いできた事業であり、事業そのものに大きな影響を与える条件や交渉については、ときに双方にとってとてもハードなものになります。
このため、配偶者側から離婚を避ける、もしくは離婚条件を最小限に抑えるための交渉が行われることがあります。
それはときに、離婚するとはいえ相手(あるいはその事業やそこで働く従業員、取引先)に対する配慮、リスペクトがある場合であり、あるいは、離婚するとはいえ、子どもがいる場合など離婚しても相互の関係性を完全に崩壊させてしまうと子どものためにならないのではないかという心配がある場合です。
自分自身の権利がどうあるべきか、ということはとても大切です。一方、以上のような事情がある場合には、自分や子供にとって十分に困らない金額や保証が得られればそれで良いとして決着することもあり得るでしょう。
そうした決着に向けては十分なシミュレーション(自分が将来生活していくために必要な資金を見極めること等)と、確実な離婚条件の確保が必須です。
確実な離婚条件の確保にあたっては、その前提として、離婚時に自身が主張できる権利を正確に把握しておくことが必要になります。
自身の資金状況や主張できる権利を正確に把握、シミュレーションするためには、専門家のサポートが有益です。
岩崎総合法律事務所では、依頼者の主張できる権利を適切に把握、説明し、第三者的な立場から将来の必要資金の見積もりを行いつつ、依頼者が離婚後に安定した生活を築き、前向きに歩み出すためのサポート、解決策の提案を行っています。
経営者の二世との離婚には、婚姻費用、養育費、財産分与に加え、企業や家族の事情を考慮した特有の課題があります。配偶者が自身の権利を守り、適切な結果を得るためには、専門家の協力を得て慎重に準備を進めることが重要です。
初回のご相談は30分間無料※ですのでお悩みの方はお早めに当事務所までご相談ください。
※ご相談の内容や、ご相談の態様・時間帯等によっては、あらかじめご案内の上、別途法律相談料をいただくことがございます。