<要チェック>
現行法では婚姻後の夫婦間の契約は取り消すことができるものとされています(民法754条)。
しかし、この度の民法改正で取消しの制度は消滅することとなりました(2024年5月17日に成立した「民法等の一部を改正する法律」(令和6年法律第33号。同月24日公布)。
施行は公布から概ね2年以内とまだ先のことですが、これを受けて婚後契約はより有用なものとなるでしょう
夫婦の財産関係に関する法律問題は、時に予測しえない形となって顕現し、大きなインパクトを伴います。個人事業主や会社経営者の場合には、自らの事業の安定性を揺るがしかねない事態にも発展します。そのため、自身や自身の事業(従業員、株主その他ステークホルダー)を守るため、万一の事態に生じるインパクトをコントロールすることが重要となります(財産分与に関するコラムはこちらをご参照ください)。
しかし、民法上の「夫婦財産契約」は、海外の例にならって「婚前契約」(prenup: prenuptial agreement)とも呼ばれるように、婚姻届の提出前でなければ締結できません(婚前契約(夫婦財産契約)に関するコラムはこちらをご参照ください)。
とはいえ、様々な事情のある夫婦関係においては、たとえ婚姻後であっても(むしろ婚姻後の方が)、財産関係のルールを取り決めたい、明確にしたいと考える場合も多くあるように思います。
本コラムでは、結婚後に、財産関係をはじめとする夫婦関係のルールを取り決める契約(婚前契約との対比の意味合いで「婚後契約」(postnup: postnuptial agreement)と呼ぶこととします。)について、Q&A形式で解説します。
結婚後に締結する「婚後契約」は、注意しなければならない法律上のハードルが多く、漫然と作成するとその内容が無効になる可能性が高いです。また、その性質上、お相手への伝え方やタイミングによく注意する必要があります。「婚後契約」を必要とする方は、当事務所まで直接お問い合わせください。
弊事務所では、富裕層法務サービス Legal Prime® を通じ、資産家、投資家、会社経営者などの資産・収入の多いお客様に対し多様なサポートを提供してまいりました。
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現行法上、婚前契約(夫婦財産契約)の締結時期は、婚姻届出前に限定されています。婚姻後に婚前契約(夫婦財産契約)を締結することは、現行法上、不可変更性の原則に抵触し許されません。
不可変更性の原則とは、婚姻後の法定財産制の変更を制限する考え方のことです(民法758条)。
夫婦財産制について「不可変更性の原則」を定める民法の条文
(夫婦の財産関係の変更の制限等)
第七百五十八条 夫婦の財産関係は、婚姻の届出後は、変更することができない。
民法が不可変更性の原則を採用した理由としては、夫婦の一方が他方を威圧して自己の利益を図る恐れがあるということが挙げられています。また、婚姻中の夫婦財産制の変更は、債権者などの第三者にとっては責任財産が縮小することになりかねず、死亡した配偶者の承継人にとっては相続財産が縮小することになりかねず、これら第三者や承継人を保護すべきだからとの理由も挙げられています。
しかし、不可変更性の原則は、その存在意義に強い疑問が投げかけられています。現時点では具体化はしていませんが、将来的には法改正が行われる可能性もあります。
現行民法がその締結時期を制限する婚前契約(夫婦財産契約)の意義は、婚姻の全期間中において、法定財産制を全部あるいは一部修正する内容を定める合意を指すものとされています。
この「法定財産制」は、①婚姻費用の分担(760条)、②日常の家事に関する債務の連帯責任(761条)、③夫婦間における財産の帰属の定め(762条。離婚時の財産分与に関連します。)から成ります。
夫婦の「法定財産制」を定める民法の条文
(婚姻費用の分担)
第七百六十条 夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。(日常の家事に関する債務の連帯責任)
第七百六十一条 夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責任を負う。ただし、第三者に対し責任を負わない旨を予告した場合は、この限りでない。(夫婦間における財産の帰属)
第七百六十二条 夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする。
2 夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、その共有に属するものと推定する。
したがって、これら法定財産制の定めの全部または一部を修正する合意でなければ、不可変更性の原則には抵触しません。たとえば、ある特定財産の所有権者の帰属先を確認する場合や、その他財産関係に関わらない夫婦関係の規律を設ける場合などは、不可変更性の原則には抵触しません。
結婚後に「婚後契約」を作成するにあたっては、これらの事項を考慮する必要があります。
上記のとおり、民法上の婚前契約(夫婦財産契約)に相当するような書面は、結婚後に締結しても無効となります。
しかし、財産分与や婚姻費用についてのルールの取り決めであっても、一定の内容であれば不可変更性原則には抵触しません。結婚後に「婚後契約」を締結することに、十分な意味を持たせることもできます。
まず重要な前提は、財産分与や婚姻費用の負担額は、一義的に算出されるものではなく、特定(立証)された事実をもとに法的評価を踏まえて決められるということです。
紛争となれば、前提とすべき事実は何か、正しい法的評価は何かについて、双方主張して争うことになります。
紛争が裁判の場に移行すれば、裁判官が双方の主張を踏まえて判決を下すことで最終的な結論に至ります。
前提とすべき事実が何かは双方の主張・立証の問題にかかわり、正しい法的評価が何かは法令や過去の裁判例などを参考に裁判官が判断することになります。
たとえば、財産分与の対象とならない特有財産の範囲は、特有財産であることを主張する者が立証責任を負います。しかし、相当の期間にわたって夫婦である場合や、分別管理を意識していなかった場合などには、特有財産の立証責任を果たすことが困難な場合があります。
具体的に、夫婦の一方が結婚時に1億円の預金を持っていたという場合を考えてみます。この場合であっても、結婚後相当期間が経過していて、その預金口座にて給与振込や家計にかかる引き落としが行われていたような時には、この婚前預金1億円全額が特有財産であると立証することは相当に困難を伴うことが通常です。
別の具体例として、婚前に保有するに至った株式はどうでしょうか。こうした株式は、たとえその時価が離婚時に上がっていたとしても財産分与の対象外であるとすることが現状の主な考え方です。しかし、異なる判断を示す裁判例が出ないというものではありません。
このように、法定財産制を前提としても、最終的な負担額がどのような金額となるかには、一定の幅があります。
こうした立証の問題や法的評価の問題を解消するために、「婚後契約」は有効です。
すなわち、あくまでも法定財産制を所与のものとしてその解釈を明確化する「婚後契約」であれば、たとえ結婚後のものであっても不可変更性原則に反せず、法的にも有効と考えられますし、離婚等の万が一の事態に生じる財産上のインパクトを一定程度コントロールすることができるという点で、十分に意義があるものとすることができます。
<要チェック>
現行法では婚姻後の夫婦間の契約は取り消すことができるものとされています(民法754条)。
しかし、この度の民法改正で取消しの制度は消滅することとなりました(2024年5月17日に成立した「民法等の一部を改正する法律」(令和6年法律第33号。同月24日公布)。
施行は公布から概ね2年以内とまだ先のことですが、これを受けて婚後契約はより有用なものとなるでしょう
民法上、夫婦間には契約取消権が認められています(754条)。
取消権の対象となるのは、婚姻中に夫婦間で締結された契約であってその種類や内容には制限がないため、結婚後に締結する「婚後契約」も、原則としては対象になります。
夫婦間の「契約取消権」を定める民法の条文
(夫婦間の契約の取消権)
第七百五十四条 夫婦間でした契約は、婚姻中、いつでも、夫婦の一方からこれを取り消すことができる。ただし、第三者の権利を害することはできない。
しかし、この取消権の行使には制限があります。
まず、条文に記載のあるとおり、取消権は「婚姻中」に限って行使できるものですので、言い換えれば、離婚後は行使できません。
また、判例上は、婚姻関係が破綻した状態で締結された契約や、円満な状態で締結された契約のうち、夫婦関係が破綻した後にその取消しが問題となるものについても、取消権が制限されています。
すなわち、夫婦間の契約取消権が認められるのは、婚姻関係が円満な状態にある場合に限られます。
したがって、婚姻関係が破綻した後に締結された「婚後契約」はもちろん、円満な状態で締結された「婚後契約」であっても取消権が行使されずに夫婦関係が破綻した場合には、取り消されることはありません。
通常、「婚後契約」の締結後にその内容が問題となるのは、夫婦双方が険悪な状況に陥った時ですから、契約取消権の問題になることは少ないと言えます。
そもそも、夫婦間の契約取消権という制度自体、婚姻関係が円満な状態では無用の規定であるため、事実上その存在意義は失われているとされています。
このような理由からも、夫婦間での契約取消権については否定的な見方が相当強く、過去の法制審議会では削除が提案されるなどしていました。将来的に法改正が行われる可能性もあります。もし現状において取消権のリスクを払しょくしえなかったとしても、上記のとおり将来的には契約取消権という制度自体が廃止される可能性もあります。
「婚後契約」の内容に関しては上述したような注意点があり、その他不公正な内容である場合にはその効力が否定されるものですから、内容を慎重に吟味することが必要です。そのためにも、配偶者とは丁寧なコミュニケーションを行う必要があります。
夫婦の関係性いかんでは、「婚後契約」の提案をすることで、配偶者が臨戦態勢に入り紛争となってしまう可能性があります。今後も円満な夫婦生活を維持することを目的として「婚後契約」の提案をするのであれば、そうした誤解を生まぬよう、時には第三者を交えて慎重にコミュニケーションを取る必要があります。
また、夫婦関係の破綻が懸念されている中で「婚後契約」の提案をするのであれば、提案することにより、そのまま離婚紛争に発展する可能性もあります。そのような場合には、離婚紛争にも耐えうるよう、専門家と共に事前によく準備した上で進めていく必要があります。
紛争解決の行きつくところは裁判ですが、裁判では事実と証拠が結果を左右します。
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財産分与に関するコラムはこちらをご参照ください
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以上のとおり、結婚後に行う「婚後契約」は、慎重に作成することを要しますが、万一の事態に生じるインパクトを一定程度コントロールできる効果が期待できます。
不可変更性の原則への抵触可能性や、夫婦間の契約取消権の問題など有効性リスクはあるものの、有効性リスクについては制限がかかる方向で解釈されています。万一の事態が生じたその時点での法令がどうなっているか、裁判所がどのように判断するかについては将来のことであって必ずしも予測しえませんが、有効性リスクについては制限がかかる方向で解釈されていくという傾向は変わらないものと思います。
また、有効性リスクを抱えたとしても、万一の紛争の際に、双方が署名捺印した「婚後契約書」があれば、これをもって立証の一助とすることができます。裁判所が心証形成する際に一定の基準となる効果も事実上期待できます。
なにより、万一の際に、一度本人が納得してサインしたという事実があることは、紛争を深めず、裁判をすることなく、話合いで穏便に解決することにも貢献します。
岩崎総合法律事務所の富裕層法務サービス Legal Prime® では、設計から運用、そして万一の際も見据えて継続的なフォローアップを通して、結婚後に行う「婚後契約」を真に意味のあるものとします。
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