上場企業・スタートアップのお客様に、リストリクテッド・ストック(RS)、パフォーマンス・シェア・ユニット(PSU)、ストックオプション(SO)など、株式報酬制度の設計・発行に係るサポートをとおして、企業ニーズと付与対象者のインセンティブに配慮した実効的な制度構築をサポートします。
日本で初めて導入された「選択型株式報酬 (Selectable Share-based Payment (SSP))」の1号案件の設計を行った実績があり、あらゆるインセンティブ制度の設計をサポートできます。
設計・発行に係る法務だけでなく、報酬委員や外部アドバイザーとしてサポートすることも可能です。
経営者・役員のみならず、従業員向けにも必要適切なインセンティブ制度を設けることで、よりよく優秀人材の採用や流出防止に貢献します。
また、過去に発行した株式報酬について、ミスがあった場合やトラブルが生じた場合などの事故事案については、その原因調査と解決策を示します。トラブルが法的紛争に発展した場合にはお客様の代理人として適切な紛争解決を試みます。
・ 株式会社ユーグレナ 【証券コード:2931】
・ AI CROSS株式会社 【証券コード:4476】
・ 株式会社市進ホールディングス 【証券コード:4645】
・ 株式会社No.1 【証券コード:3562】
・ 株式会社インティメート・マージャー 【証券コード:7072】
・ 株式会社メディネット 【証券コード:2370】
・ 株式会社ヒューマンクリエイションホールディングス 【証券コード:7361】
・ 投資事業 / 金融事業会社 【上場企業】
・ 人材情報提供サービス会社 【上場企業】
・ 精神的健康課題解決サービス会社 【上場企業】
ほか多数
※ 順不同。社名を個別標記しているものは予めご承諾をいただいております。
上場企業向けの新たな株式報酬制度「SSP」の法律監修を実施:株式会社ユーグレナで導入されました
株式報酬の設計において、受領者側に必要十分なインセンティブ付けをすることは重要なことです。
弊事務所の代表弁護士の単著『富裕層の法務 ファミリー・資産・事業・経営者報酬の知識と実務』では、主に受領者側の視点からインセンティブ付けのためのポイントを整理しています。
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1.はじめに
2023年2月20日、予算委員会の答弁にて、国税庁次長から、信託型ストック・オプションを巡る課税関係について従来の実務上の見解と異なる見解が示されました (株式譲渡時の譲渡所得課税から、権利行使時の給与所得課税の扱いとする見解が示されました)。
この課税関係の取扱いの違いは信託型ストック・オプションに期待される機能に大きく影響するものです。
2023年5月1日現在において、国税庁の明確な見解は公開されていませんが、予算委員会の答弁で示された通りの扱いとなる場合に、どのような事態に備えておかなければいけないか予め整理することは有益と考えます。
なお、株式報酬の中には税制適格ストック・オプション等そのインセンティブ付けのために税制優遇が織り込まれているものがありますが、この税制優遇の恩恵を受けることができなかったようなときにも同様の検討が必要となる部分もあります。
この限りでは、ここで扱う問題は厳密には信託型ストック・オプション固有の論点ではないものとも整理できます。
2.国税庁の見解に基づく処理を争う場合
国税庁の見解を争い、従来の実務見解どおりの課税処理でなければ課税に応じない、という対応をする場合、国税庁と税務紛争に発展することになります。
かかる紛争では、国税庁の見解の正しさやその見解が及ぶ範囲の問題など個別具体的な発行会社やその役職員の状況によって、十分な見通しを持つことができるか、争うことによって生じる様々な問題を考慮してもなお争うべきかの見極めが肝心です。
なぜなら、一度争いに発展してしまえば、解決までに長期間を要するためその間の権利・課税関係の不安定さからインセンティブに支障が生じます。もしも敗訴してしまえば多額の納税と延滞した分のペナルティが課せられてしまい、発行会社が源泉徴収をしていなければ役職員から役職員が負担するべき部分について徴収しなければならずこれがもたらすインセンティブへの悪影響は大きいためです。
そもそも判決確定時点で離職してしまっている役職員から、発行会社が立て替えた分を徴収することにもハードルがあるなど様々な問題を抱えることにもなってしまいます。
2.代替手段を検討する場合
(1) バリュエーションが大きく変化していない場合:信託型SOの廃止&税制適格ストック・オプションの活用
信託型ストック・オプションの課税関係によって期待した正味のキャッシュインの額が減ります。
信託型ストック・オプション組成後、現時点において、バリュエーションが大きく変わっていない状況である場合などには、信託型ストック・オプションを廃止して、税制適格ストック・オプションを新たに発行するなども選択肢となります。
ただし、そもそも信託型ストック・オプションを廃止できるかについては、その個別具体的な状況次第であり、信託契約その他組成時関連書類や信託法等の検討を要します。
(2) バリュエーションが大きく変化している場合:対応要否
バリュエーションが変わっているなど、信託型ストック・オプションの廃止と別の株式報酬制度の置き換えで対応ができないときには、穴埋めを行うべくなんらかのインセンティブ付けが高度に必要となるか、を検討します。
例えば、信託型ストック・オプションには課税以外にもメリットがあるところ、こうした課税以外のメリットを重視して導入している場合があります。
こうしたとき、役職員に正味のキャッシュインの額を説明していなかったり、課税関係について発行会社が見解を示していないということもあります。
そのような状況で役職員が課税関係も踏まえた正味の価値の把握に関心を持っていないことがあります。また、(本来望ましい形態ではないですが)役職員それぞれの取り分が小さくて関心をもたれていない場合もあります。
また、そもそも行使条件の実現可能性が事実上ないなどの場合もあります。
こうしたとき、課税関係によって期待した正味のキャッシュインの額が減ることについて、その穴埋めを行うべくなんらかのインセンティブ付けをすることは必ずしも必要とはならず、特段の対応は不要であることもあるでしょう。
(3) バリュエーションが大きく変化している場合:キャッシュで対応
一方、こうした場合でなければ、なんらか穴埋めを行うべくなんらかのインセンティブ付けをすることは検討するべきでしょう。
その際、穴埋めのために必要となるだけのキャッシュについて余裕をもって用意できるかをまず検討し、余裕があるのであれば、賞与支給等穴埋め分を金銭で補填することが選択肢となります。
(4) バリュエーションが大きく変化している場合:別途の株式報酬で対応
一方そうした余裕が全くないという状況も、特にスタートアップの場合や、信託型ストック・オプションのインパクトが大きい場合にはありうるものです。こうしたときには、別途の株式報酬制度を導入することを検討しますが、その検討にあたっては資本政策の観点から可否を検討しなければいけません。
資本政策の観点から、株式報酬制度の導入が可能である場合には、ストック・オプション、リストリクテッド・ストック、パフォーマンス・シェアなどその時の発行会社の状況、資本政策等を考慮して最適なものを導入します。
一方、資本政策の観点から、株式報酬制度を導入できず、しかし穴埋めに足るだけのキャッシュの余裕はなく、一方インセンティブ付けの必要性が高いような時には、例えば金融機関から借り入れをして補填することも選択肢となります。
その際、今後の発行会社のキャッシュフローのめどや、役職員へのキャッシュでの穴埋めの方法(段階的に行うのか、ファントムストックのような方法をとるのかなど)を検討の上、無理のない借入条件とするべく交渉していきます。
(5) バリュエーションが大きく変化している場合:別途の株式報酬に加えて、中長期型の条件付賞与、ファントムストックの活用で対応
また、穴埋めのために必要となるだけのキャッシュについて用意できないではないが、現時点ではそれほど余裕がない、といった場合もあります。
このとき、資本政策の観点から追加の株式報酬制度の導入が可能であればそれを導入することを検討します。
一方、資本政策の観点から追加の株式報酬制度の導入ができなければ、例えば、中長期型の条件付賞与、ファントムストックの活用など、順次段階的に、所定の条件を満たした場合にキャッシュを交付するという方法も選択肢となります。
(6) バリュエーションが大きく変化している場合:権利放棄で対応
また、例外的な運用と思いますが、新株予約権行使時に課税が生じるため、その段階が未上場の時期であるために、あるいは上場後であってもインサイダー規制によって新株予約権の行使によって取得した株式を譲渡できない場合があります。すなわちキャッシュインの前に、課税のキャッシュアウトが生じる場合があります。
課税は生じるとしても資産は増えているので、将来の見込みキャッシュインの時期までキープできれば良いのですが、そうでない場合は対応を検討しなければいけません。
ひとつは、借り入れをしてその間をつないだり、発行会社からその分の金銭的支援を行うことですが、そうした資金繰りができない場合や、あるいはそもそもキャッシュになるか微妙な状況である場合などには、放棄をすることも考えなければならない場合もあります。
Q: コーポレートガバナンス・コード等の要請を踏まえ、当社の報酬制度設計や運用について任意の報酬委員会を設けたいと思います。改めて任意の報酬委員会の意義とはどのようなものでしょうか。
A: 報酬制度設計や運用の透明性を高めることで、投資家からの評価が向上します。役員に対する適切なインセンティブ付けをとおして企業価値の向上に貢献します。こうした報酬ガバナンスの構築に重要な役割を担うものが任意の報酬委員会です。
「任意の報酬委員会」とは、法定機関ではないものの、取締役や経営陣に関する報酬制度の設計・運用に第三者の意見を取り入れることで、報酬制度に透明性・客観性を持たせ、投資家からの評価向上や役員に適切なインセンティブを与えることを目的とする委員会です。
1. 報酬設計の重要性
役員の報酬は、会社の経営において重要な役割を担います。
意思決定等会社において重要な役割を担う役員が、どのようにリスクテイクし、どのように積極的に活動するかについて、報酬の設計や内容が重大な影響を与えるからです。
そしてこうした重要な報酬の設計・運用に関する諮問委員会である任意の報酬委員会には、その設置と活用をとおして企業価値を向上させ、投資家との関係を良好なものとすることが期待できます。
2. 投資家との関係
投資家の投資指針において重視されるコーポレートガバナンス・コード等では、経営陣の報酬については、中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けを行うべきであるとされ、そのために、客観性・透明性ある手続に従い、報酬制度を設計し、具体的な報酬額を決定すべきとされます。
そして、こうした体制を設けるために、一定の場合には任意の報酬委員会を設け、委員会の適切な関与・助言を得ることが求められています。
このように、任意の報酬委員会の設置、活用は、対投資家との関係において重要なことであり、投資家との関係性を良好なものとすることが期待できます。
コーポレートガバナンス・コード 原則4-2(取締役会の役割・責務(2))
経営陣の報酬については、中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けを行うべきである。コーポレートガバナンス・コード 補充原則4-2①
取締役会は、経営陣の報酬が持続的な成長に向けた健全なインセンティブとして機能するよう、客観性・透明性ある手続に従い、報酬制度を設計し、具体的な報酬額を決定すべきである。その際、中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべきである。コーポレートガバナンス・コード 原則4-10(任意の仕組みの活用)
上場会社は、会社法が定める会社の機関設計のうち会社の特性に応じて最も適切な形態を採用するに当たり、必要に応じて任意の仕組みを活用することにより、統治機能の更なる充実を図るべきである。コーポレートガバナンス・コード 補充原則4-10①
上場会社が監査役会設置会社または監査等委員会設置会社であって、独立社外取締役が取締役会の過半数に達していない場合には、経営陣幹部・取締役の指名(後継者計画を含む)・報酬などに係る取締役会の機能の独立性・客観性と説明責任を強化するため、取締役会の下に独立社外取締役を主要な構成員とする独立した指名委員会・報酬委員会を設置することにより、指名や報酬などの特に重要な事項に関する検討に当たり、ジェンダー等の多様性やスキルの観点を含め、これらの委員会の適切な関与・助言を得るべきである。 特に、プライム市場上場会社は、各委員会の構成員の過半数を独立社外取締役とすることを基本とし、その委員会構成の独立性に関する考え方・権限・役割等を開示すべきである。対話ガイドライン 3-5(経営陣の報酬決定)
経営陣の報酬制度を、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に向けた健全なインセンティブとして機能するよう設計し、適切に具体的な報酬額を決定するための客観性・透明性ある手続が確立されているか。こうした手続を実効的なものとするために、独立した報酬委員会が必要な権限を備え、活用されているか。また、報酬制度や具体的な報酬額の適切性が、分かりやすく説明されているか。東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード(2021年6月版)」
金融庁「投資家と企業の対話ガイドライン(改訂版)」
3. 企業価値向上
報酬制度が会社の経営戦略の点から、役員に適切なインセンティブとなるように設計されている場合には報酬制度の仕組みをとおして企業価値向上に貢献します。こうしたインセンティブ付けとして適切な内容を検討するために、代表取締役のみで検討するよりも、社外取締役等の意見も取り入れて検討する方が客観的な意見を取り入れることができる点で有益です。
4. リテンションに貢献
代表取締役の一存で個々の役員の報酬を決めると、状況によっては役員同士の関係性が悪化する場合もあり、リテンションの観点から望ましくない場合があります。こうした場合にも、任意の報酬委員会の意見を踏まえて個々の役員の報酬を検討することは有益です。
5. 支給後の事後調整を行いやすくする
新型コロナウイルスの蔓延、戦争、インフレの進行、異常な物価高や為替変動など激変する環境下において、株価や業績がこうした外部環境に連動して影響を受けることがあります。このようにして株価や業績に悪影響が生じ、役員が業績連動報酬を受給できない(行使できない)事態になることがあります。投資家の視点を尊重すればその結論で良いということになりますが、一方で役員が十分な努力を積み重ねていた場合には、役員の視点からすると必ずしも適切な結論とはならない場合もあります。
このように、インセンティブとしての機能をもたせるために、経営努力との関連性が希薄な外部環境の悪影響の要素を取り除いて業績評価を行うなどして、事後的に給付内容を調整するべき場合があります。そのとき恣意性を排除するため、報酬委員会が客観的・独立的に審議することで、投資家への説明責任に耐えるとともに、インセンティブ制度を健全なものとして機能させる役割を報酬委員会に期待することもできます。
6. 業績連動報酬の損金算入の要件を支える
役員に対する業績連動報酬を損金算入するための要件として、所定の日までに報酬委員会(その委員の過半数が当該法人の独立社外取締役であるものに限り、当該法人の業務執行役員又は当該業務執行役員と特殊の関係のある者が委員となっているものを除きます。)の決定(当該報酬委員会の委員である独立社外取締役の全員が当該決定に係る当該報酬委員会の決議に賛成しているものに限ります。)その他適正な手続を経ていることが求められます。
報酬委員会委員に必要な能力は、報酬に関する法務・会計・税務の知見など技術的な能力に加えて、外部・内部のビジネス環境を踏まえて最適な報酬構成を検討する能力です。典型的には弁護士や会計士などです。
現状の任意の報酬委員会の構成メンバーについて、役員以外の者をメンバーに加えている会社はわずか数パーセント程度であり、ほとんどが社外役員を含む役員で構成されています。社外取締役の在り方に関する実務指針の心得1でも、社外取締役の最も重要な役割は、経営の監督であり、その中核は、経営を担う経営陣(特に社長・CEO)に対する評価と、それに基づく指名・再任や報酬の決定を行うことであるとされています。このため現状は社外役員の中から報酬委員会のメンバーとなるに相応しい者を選抜する(あるいは報酬委員会のメンバーとなるに相応しい者を社外役員として登用する)ことを検討します。
役員陣のみでの対応が難しい場合には、任意の報酬委員会のアドバイザリーとして上記の能力を保有する専門家の助言、サポートを得ることも重要です。
Q: 当社は任意の報酬委員会を設けています。このたび報酬制度の見直しをしているのですが、どのような内容、水準の報酬としたらよいか、報酬構成をどのようにしたらよいかなど報酬委員会のメンバーでは必ずしも見当がつきません。このようなとき、外部のアドバイザーに頼ることはできるのでしょうか。
A: 外部のアドバイザーの助力を得ることは可能であり、そうするべきです。外部のアドバイザーは、報酬に関する法務・会計・税務の知見など技術的な能力を持ち、外部・内部のビジネス環境を踏まえて最適な報酬構成を検討できる能力を持つ者であることが望ましいです。
役員の報酬は、会社の経営において重要な役割を担っています。
意思決定等会社において重要な役割を担う役員が、どのようにリスクテイクし、どのように積極的に活動するかについて、報酬の設計や内容が重大な影響を与えるからです。
役員報酬は、固定報酬と業績連動報酬で構成されることが通常ですが、このうち株式報酬は約50%超の上場企業で導入されています。導入されているスキームは1種類だけにとどまっているケースが大半ですが、昨今では多様な報酬制度設計を導入している会社も現れてきています。これは、自社の報酬戦略を遂行するための適切なインセンティブ制度を設計するためには、複数のスキームを用いるべき場合があるからです。
こうした多様な報酬制度の設計のためには、法務・会計・税務等の技術的な能力が広く求められます。この点で、任意の報酬委員会メンバーなど役員陣のみで検討することが難しい場合もあります。
このような事情を踏まえて、最適な報酬制度構築のために必要となる能力(報酬に関する法務・会計・税務の知見など技術的な能力や、外部・内部のビジネス環境を踏まえて最適な報酬構成を検討する能力など)を有する者(典型的には弁護士、会計士や専門のコンサルなど)を報酬委員会のアドバイザーとして登用することは、米国の大手上場企業では当然のことになっており、国内でも増加傾向にあります。
アドバイザーのサポートによって、報酬委員会の議論・決定がより客観的で深くなり、報酬委員会の決定内容の質が向上し、これによって自社の状況や経営戦略に照らした最適なインセンティブ制度の設計・運用を実現することが期待されます。
特に現行の報酬制度を見直すときや、報酬類型を新たに設けるときなど、報酬委員会のメンバーのみで対応することに不安のある場合にはアドバイザーの登用を検討することが有益といえます。
Q: 報酬戦略の点で開示にあたって気を付けることはどのようなことでしょうか。
A: 法令やコーポレート・ガバナンスに関する報告書記載要領などに準拠することは当然として、これ以上に、投資家との適切な対話、関係性を構築する姿勢が重要です。報酬制度の設計や運用の開示にあたっては、それが自社の報酬戦略に沿ったものであることを積極的に開示していく姿勢が望ましいといえます。
まず、当然のことながら法令に準拠することが重要です。
たとえば、会社法上、事業報告では、報酬等の額または算定方法に関する方針の決定の方法、内容の概要の記載が求められます。また、代表取締役が一任されて個々の役員の報酬を決めるような場合には、権限が適切に行使されるようにするための措置を講じたか、講じた場合にあっては、その内容はどのようなものかの記載が求められます。当該事業年度に係る業務執行取締役の個人別の報酬等の内容が当該方針に沿うものであると取締役会が判断した理由の記載も求められます(会社法施行規則119条、121条)。
また、有価証券報告書等においても、業績連動報酬に係る指標、当該指標を選択した理由、当該業績連動報酬の額の決定方法及び当該指標の目標及び実績、業績連動報酬とそれ以外の報酬等の支払割合の決定方針があればその旨等の記載が義務付けられています。
しかし、法令等の規定に照らして、この点の開示は必要ない、この程度の開示で足りる(これ以外の開示は不要)といった考えでは不十分です。
開示は投資家に理解してもらうために行うものであり、上記の要請もその一角に過ぎません。
投資家との適切な対話、関係性を構築するために、自社の報酬戦略等を積極的に開示していく姿勢が望ましいといえます。
そのためにはまずは自社でよく検討して開示案を作成した上、第三者の確認を経ることが有益です。
Q: 報酬戦略を見直し、報酬類型の追加変更を検討しています。しかし、さまざまな報酬類型があり、設計方法も様々あるため複雑に感じています。どのように検討すればよいのでしょうか。
A: 経営戦略を特定し、これを実行するためのインセンティブ付けに資する報酬制度・条件や報酬構成比率を検討するとともに、報酬水準等については競合他社の状況など外的環境も踏まえて検討します。
役員の報酬は、会社の経営において重要な役割を担っています。
意思決定等会社において重要な役割を担う役員が、どのようにリスクテイクし、どのように積極的に活動するかについて、報酬の設計や内容が重大な影響を与えるからです。
報酬制度の設計は、経営戦略の成功を報酬面から支えるためのものである必要があり、具体的には、事業の成功に必要な人材を獲得してつなぎとめ、在籍期間中の経営戦略の成功のために高いコミットメントを期待できる設計にする必要があります。
このため、出発点は、経営戦略をどのように考えるかとなります。
経営戦略を踏まえて具体的な目標となる経営指標(KPI)を設定します。投資家の視点と経営者がエネルギーをもって取り組むための視点とは必ずしも一致しないこともあるため、双方の視点に配慮した複数のKPIを検討し、バランスの取れた十分なKPIを検討します。
設定した経営指標を実現するためにどのような報酬体系がよいのかを検討します。現物株式、ユニット、ストックオプション、株式交付信託等のどのような報酬類型を用いるかということです。いずれの類型にも長短がありますが、インセンティブの機能を発揮するために最適なものがどれかという視点で検討することが重要です。特に、業績連動の有無、給付内容は株式か金銭か、交付時期(評価期間)、業績条件の有無などの検討が重要です。
それぞれの要素に関する特徴を整理すると以下のとおりです。
◯ 長所 | ー 短所 | ||
業績連動の有無 | なし(固定報酬) | ◯ 適切なリスクテイクとして機能する(近視眼的な業績向上を志向しない等) ◯ 優秀人材の採用やリテンションに利点 |
ー リスクテイクするモチベーションが弱くなる(必要以上に保守的になる等) |
あり(業績連動報酬) | ◯ 報酬戦略から設定した経営指標の達成のためのインセンティブとして機能させることができる | ー 給付条件達成のために近視眼的な経営をする恐れがある | |
給付内容 | 金銭 | ◯ 優秀人材の採用やリテンションに利点 ◯ 株式の希薄化が生じない点では投資家の理解が得られやすい。 |
ー 給付後はインセンティブがなくなる ー 会社に資金負担が生じる ー 開示情報上において、役員陣の持株比率を記載する関係上、インセンティブとして持株比率に反映されないため、対投資家対応として適切でない場合がある。 |
株式(新株予約権含む) | ◯ 株主としての目線を共有できる ◯ 給付後もインセンティブとして機能する |
ー 株式の希薄化が生じる点では投資家の理解が得られにくい ー インサイダー規制の考慮が必要 ー 会社法上の発行手続、金商法上の手続が必要 ー フルバリュー型のものについては納税資金確保の問題が生じる |
|
交付時期(評価期間) | 短期 | ◯ 目標を意識しやすく、インセンティブとして機能させやすい | ー 給付条件達成のために近視眼的な経営をする恐れがある |
長期 | ◯ 報酬戦略から中長期的な視点で設定した経営指標の達成のためのインセンティブとして機能させることができる | ー 目標が意識しにくい場合にはインセンティブとして機能させにくくなる |
報酬水準の検討にあたっては、役員報酬サーベイなどの情報データベースを利用しながら競合他社の状況などを踏まえて検討していきます。
報酬構成比率の調整にあたっては、投資家からは一般に業績連動報酬の比率が多い方が好まれる傾向にありますが、生活給である固定報酬が少なすぎるとリスクテイクが不適切になる可能性があるなど弊害もありますので、適切なバランスを会社の個別事情を踏まえて検討します。また、給付内容についても、事業の成功に必要な人材を獲得してつなぎとめ、在籍期間中の経営戦略の成功のために高いコミットメントを期待するにふさわしいのはどちらかを会社の個別事情を踏まえて検討します。
その他選択した報酬類型の内容について、業績連動報酬であれば連動指標や連動方法、在籍条件、継続保有条件、行使期間等の個別条件を会社の個別事情を踏まえて設計します。
Q: 株式報酬など金銭以外の報酬を給付するにあたって、役員の納税資金にはどのように配慮したらよいでしょうか。
A: 役員が受給した株式を売却しやすくする方法や、納税資金相当の金銭報酬をミックスして支給する方法などで対処することが望ましいといえます。
報酬を受領する場合、所定の時期に納税義務が生じます。
流動性の高い金銭報酬で受領する場合には、当該報酬額の中から納税すれば足りますので納税義務の負担は重くはなりません。一方、株式報酬など金銭報酬ほどには流動性が高いとはいえない報酬で受領する場合には、納税原資をどのように確保すると考えるか問題になります。
株式報酬の大きさやそれぞれの役員の資力によっては納税の負担がとても大きくなります。
これによって事実上インセンティブの効果が弱まったり、経営に集中できない事態が懸念されます。
まずは、受領した株式を売却してそこから納税することが選択肢となります。
しかし、このとき障害となりうるのがインサイダー規制です。インサイダー規制によって、処分したいときに処分できなくなるおそれがあります。
この点では、知る前契約を利用することが有効です。しかし、処分時期が固定されてしまう関係で、望ましくないタイミングでの処分とならざるをえないリスクがある点に注意が必要です。なお、報酬決定から発行までが短期間となる場合には、契約時に未公表の重要事実があることがあり、このとき知る前契約としての要件を満たさない場合があります。このようにインサイダー規制の適用を受けない知る前契約の利用については慎重な手続が必要となりますので専門家のサポートを受けるべきといえます。
次に、株式報酬の付与と同時に納税資金用として金銭報酬も付与することが選択肢となります。当該金銭報酬を損金計上するため、どのような法的性格を持たせて付与するかは検討が必要です。
既に付与済みの株式報酬について、納税資金の負担が重く、なんら手当がされていない場合には、事後的に株式報酬の受給時(課税時期)に合わせて納税資金相当額を別途報酬として支給するための手続の可否を検討します。
納税の負担が原因となってインセンティブが阻害されてしまうようなことは回避するべきです。
納税資金相当額を金銭報酬として支給することがシンプルな解決策ですが、これが難しい場合には知る前契約の要否・可否を検討します。知る前契約の検討は慎重に行うべきですので専門家のサポートを受けることをお勧めします。
Q: 逆インセンティブの問題とはどのようなものでしょうか。
A: 経営戦略の実行のために付与したインセンティブであるにもかかわらず、設計に問題があるために逆のインセンティブ、すなわち経営戦略達成のための方向とは真逆の方向にインセンティブ付けしてしまう問題です。逆インセンティブの問題は投資家からも批判を受けるので、設計段階では逆インセンティブにならないようにします。万が一後になって逆インセンティブの設計になっていることが発覚した場合には、事後的に対処する必要があります。
まず、毎年株式報酬型ストックオプションを付与するような報酬制度で逆インセンティブの問題が生じます。
つまり、株価が上昇した場合には株式や新株予約権の価値が高まるため、役員に付与される個数が減少します。逆に、株価が下落した場合には付与される個数が増加し、その後の権利行使時に株価が上昇していると、結果として株式報酬額が増大します。このように、付与時点の株価をあえて下げてようとする動機付けを生んでしまう状況が、逆インセンティブの問題として生じます。
また、パフォーマンスシェアなどについても逆インセンティブの問題が生じえます。
パフォーマンスシェアなどは金銭報酬債権の付与から株式発行までに業績評価期間を設けるため相当の時間的間隔が設けられます。この点で、例えば、金銭報酬債権を確定額で付与すると、業績評価期間終了時点で株価が低ければ多くの株式を取得でき、逆に株価が高くなれば株式の数は少なくなります。このように、業績評価期間終了時点をターゲットに株価を低価させようとするような動機付けを生んでしまう状況が、逆インセンティブの問題として生じます。
この逆インセンティブの問題は投資家からネガティブに評価されます。
反対票が投じられ、場合によっては議案が否決される場合もありえます。
株式報酬型ストックオプションについては、付与時点の評価額が不当に低い金額でないことを担保するため、評価機関と連携して評価額を算出し、必要に応じて算出過程の開示を検討します。業績条件をつけることも重要です。
パフォーマンスシェアなどについては、最終的な付与時点の株価に見合う金額の債権を報酬として付与するように設計します。不確定額報酬決議になるため、決議にあたっては、計算方法を明らかにすることが重要です。
逆インセンティブとなっては本末転倒であり、これを疑わせる状況となれば投資家からの信頼を損ねる恐れもあります。設計にあたっては逆インセンティブの疑いを生じさせないよう、専門家を交えてよく検討したほうがよいでしょう。
Q: 株式報酬を付与することについて、インサイダー規制が問題になるのでしょうか。
A: 自己株式処分により株式報酬を付与する場合には、インサイダー規制が問題になります。
役員に対して株式報酬として株式を付与する場合、その付与を自己株式処分の方法によって行う場合があります。
自己株式の処分はインサイダー規制の対象になる「売買等」(金商法166条1項)に該当するため、未公表の重要事実がないかなどインサイダー規制に注意が必要です。
「売買等」には有償の取引が含まれるところ、無償発行型のものについては、たしかに金銭の払込自体はないものの、実質的には職務執行という給付の対価として付与を受けるため、無償発行型であっても「売買等」に当たるものと考えて対応するべきです。
なお、株式の付与が新株発行の方法である場合はインサイダー規制の対象になりません。
また、広く株式報酬に含まれる新株予約権(ストックオプション)についても、その割当はインサイダー規制の対象になりません。行使によって株式を得る行為もインサイダー規制の対象になりません(金商法166条6項2号。当然のことですが、その後行使によって取得した株式を第三者に処分する時点ではインサイダー規制の問題が生じ得ます)。
取引自体は通常は少数の役員に対するインセンティブ付与の場面ですから、付与対象者との間でトラブルになったり、刑事事件として大きな問題になる可能性は小さいものと言えます。
しかし、付与対象者が、「未公表の重要事実を知っていればその条件でインセンティブ付与を受けることを同意しなかった」などとしてひとたび問題になると、様々な問題が生じます。
インサイダー取引規制に違反した場合、まず刑事上は、5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金に処し、又はこれを併科するものとされます(金商法197条の2第13号)。法人に関しても5億円以下の罰金が科せられます(金商法207条1項2号)。インサイダー取引で得た財産は全て没収されます(金商法198条の2第1項1号及び2項)。また、没収は「利益」ではなく、「財産」にかかるものです。民事上も付与対象者や株主からの責任追及がなされる可能性があります。
会社のレピュテーションを大きく損なうおそれもあります。
まず、未公表の重要事実があると評価されるおそれがある間は自己株式の処分ではなく新株発行の方法とすることです。
次に、自己株式の処分の方法によるとしても、付与対象者が未公表の重要事実を知っていれば、未公表の重要事実を知っている者同士の市場外取引(いわゆる「クロクロ取引」の方法)により、インサイダー取引の適用除外とすることを検討します(金商法166条6項7号)。
もっとも、クロクロ取引による適用除外には慎重な手続が求められますので実行の際には専門家のサポートを受けるべきといえます。
自己株式処分によって行う場合には、インサイダー規制に十分注意する必要があります。インサイダー規制に違反することがあれば、当事者の法的責任はもちろんながらレピュテーションにも悪影響が及びますので、専門家のサポートのもと慎重に対応する必要があります。
Q: 上場会社で発行している株式報酬の割当契約書中の譲渡制限の定めについて、その実効性を担保する必要はあるでしょうか。どのような方法によるべきでしょうか。
A: 証券会社に専用の別口座を開設させ、同口座で譲渡制限の対象となる株式を管理させます。
株式報酬は、インセンティブとして交付するものですので、会社と役員との間で締結する割当契約にて、一定期間の譲渡を制限します。
しかし、これはあくまで契約上の拘束力に過ぎないので、これに違反して株式等が処分されたとしても法的には有効です。
この点の処分リスクに対処するためには、証券会社に専用の別口座を開設させ、同口座で譲渡制限の対象となる株式を管理させる(譲渡制限期間が終了するまでは株式等の処分を認めない)方法をとります。
Q: ストックオプションを発行しましたが、割当先の一部に、ストックオプションをこのまま保持させることは不適切だと考える者がいます。ストックオプションの内容として取得条項を色々と定めてあるのですが、まさにあてはまるような事情はありません。どうしたらよいでしょうか。
A: そもそも行使条件を満たす可能性があるかを検討します。この可能性が相当にあるということであれば債権放棄をしてもらうための交渉を行います。
通常の新株予約権は、将来の貢献を期待してバイネームで割り当てます。そうなると、どうしても期待した貢献をしない者が現れることもあり、その程度がひどい場合には新株予約権を没収したいと考える場合もしばしばでてきます。
新株予約権の内容として、取得事由が生じたことを条件として、会社がその新株予約権を強制的に取得することができる旨を定めることができ、これを取得条項付新株予約権といいます。
これは強制取得であって、割当先の合意は不要です。
しかし、この取得条項の定めがない場合や、定めがあっても実際の事案に当てはまらない場合は強制取得できません。
このような場合、割当先は会社に対して新株予約権者としての債権者の立場にあり、会社は債務者の立場にあります。すなわち契約関係にあるということです。
したがって、取得条項の定めがない場合や、定めがあっても実際の事案に当てはまらない場合には、割当先と交渉して債権放棄をしてもらう必要があります。
これは交渉ですから割当先からは相当の対価を要求される場合があります。
債権放棄させられなければその者が引き続き新株予約権者となり、ひいては株式を取得して株主になる可能性があります。
債権放棄の交渉にあたっては不当に高い金額を要求されるおそれがあります。
債権放棄のための交渉を行う場合、当該新株予約権の評価、将来行使条件を満たすかどうかの確度や見通し、行使した場合の株式取得及び株式売却にかかる課税分を差し引いた後のネットの金額はいくらになるかなどを正確に分析することが出発点となります。
その上で相手となる割当先と一定の共通理解を形成し、この共通理解の基準をベースラインとして条件を交渉していきます。
また、そもそも債権放棄させる必要があるか、すなわち放っておいても行使条件未達・不能で消滅することにならないかの検討も必要です。
行使条件は解釈の余地のある記載ぶりで発行されている場合もあり、この点は交渉の際にも有益な視点となります。
取得条項として、強制取得すべき場面として予想される事態を具体的に網羅しておくべきです。
とはいえ、将来のことであり必ずしも予測しきれないこともあるため、特定の事由を定めず、「取締役会が適当と認めた場合に本株予約権のすべてを取得することができる」という内容も定めておくべきです(ただし、この条項のみでは法的に不安定な側面があり依存するべきではないので、具体的に取得事由を明記することは重要です)。
また、将来の貢献を期待してバイネームで割り当てるのではなく、実際の貢献度合いを事後的に評価して割り当てるといった方法も、このような紛争予防には効果があると言いえます。このような事後的な割当ての方法は信託を利用した新株予約権の割当ての方法で行います。
ストックオプションを没収することは相手(割当先)の権利を没収することと同義なので、当初からこれを可能とする設計をしていない限りは、交渉に拠らざるを得ません。交渉は双方のパワーバランス、ベースラインを検討して進めることになりますが、紛争になれば裁判に発展するおそれもあるため、裁判の可能性を見据えて慎重に対応する必要があります。
Q: ストックオプションを発行しましたが、割当先の一部に、ストックオプションをこのまま保持させることは不適切だと考える者がいます。取得条項の内容として、特定の事由を定めず、「取締役会が適当と認めた場合に本新株予約権のすべてを取得することができる」として定めています。これを理由にして強制取得できるでしょうか。また、その際は無償で取得できるのでしょうか。
A: 無償で強制取得できると思いますが、不合理な狙い撃ちなど特段の事情がある場合には許されない可能性があります。
通常の新株予約権は、将来の貢献を期待してバイネームで割り当てます。そうなると、どうしても期待した貢献をしない者が現れることもあり、その程度がひどい場合には新株予約権を没収したいと考える場合もしばしばでてきます。
新株予約権の内容として、取得事由が生じたことを条件として、会社がその新株予約権を強制的に取得することができる旨を定めることができ、これを取得条項付新株予約権といいます。これは強制取得であって、割当先の合意は不要です。
新株予約権の内容として、取得条項を定めるとき、株式会社が別に定める日が到来することを取得事由とすることができます(会社法236条1項7号ロ)。これは、通常は特定の事由の発生を前提とし、その上で取得するか否かの選択の余地を会社に残すために用いられるものと思われますが、とくに特定の事由を定めず、「取締役会が適当と認めた場合に本新株予約権のすべてを取得することができる」といつた定め方をすることも一概に無効とはいえないものと考えられています。
しかし、場合によっては無効になる懸念があります。または、無効にならないとしても発動が許されない場合もありえます。
取得の対価については、取得条項付新株予約権の取得の際に新株予約権者に対し何も交付しない旨を定めることも可能であり通常は無償の取得とするものと思われます。
しかし、全新株予約権者のうち一部の者のみを狙い撃ちして取得条項のトリガーを行使する場合等には無償取得の可否が争われる恐れがあります。
取得条項の有効性や発動を争われるような場合には裁判に発展する可能性があります。最終的に裁判で取得条項の発動が許されなかったと認定された場合には、会社は多額の賠償(キャッシュアウト)を余儀なくされる恐れがあります。
また、新株予約権者が誰か(割当先か、会社か)が不明確なまま推移することで、会社の資本政策が不安定になるおそれがあります。
裁判になった場合の見通しを明確に持ち、これをもとに相手と交渉し、穏便な解決を図るべきです。
とはいえ、穏便に解決できなければ最終的には裁判となりますので、その際には裁判にて決着させるとともに、交渉中も裁判になった場合を見据えて対応する必要があります。
また、放っておいても行使条件未達・不能で消滅することにならないかの検討も必要です。
行使条件は解釈の余地のある記載ぶりで発行されている場合もあり、この点は交渉の際にも有益な視点となります。
取得条項を疑義なく明確に定めその効力や発動が争われることのないようにすることが有益です。
「取締役会が適当と認めた場合に本新株予約権のすべてを取得することができる」という取得事由は必ずしも万全ではありません。この点を意識して設計しましょう。トラブル時にもこの点を意識して交渉しましょう。
Q: ストックオプションを発行しましたが、割当先の一部に、ストックオプションをこのまま保持させることは不適切だと考える者がいます。他の新株予約権者はそのままに、問題のあるこの者だけから没収しても問題はないのでしょうか。
A: 通常問題ありません。しかし、あまりに恣意的な決定方法で、一般的な法の正義・衡平の理念(民法90条)に反するような場合には許されない場合があります。
通常の新株予約権は、将来の貢献を期待してバイネームで割り当てます。そうなると、どうしても期待した貢献をしない者が現れることもあり、その程度がひどい場合には新株予約権を没収したいと考える場合もしばしばでてきます。
新株予約権の内容として、取得事由が生じたことを条件として、会社がその新株予約権を強制的に取得することができる旨を定めることができ、これを取得条項付新株予約権といいます。これは強制取得であって、割当先の合意は不要です。
取得事由が生じた場合に、新株予約権の一部を取得することとするときは、その旨及び取得する新株予約権の一部の決定の方法を予め新株予約権の内容として定めておくことで(会社法236条1項7号ハ)、新株予約権のうちの一部のみを取得できるように定めることができます。実際に取得する新株予約権の一部の決定は、株主総会(取締役会設置会社においては取締役会)の決議か、新株予約権の内容として別に定めた方法があればその方法によることとなります(会社法274条)。
新株予約権は株式ではないため、株主平等原則のような平等取扱い要請は通常 働きません。
しかし、あまりに恣意的な決定方法で、一般的な法の正義・衡平の理念(民法90条)に反するような決定は無効と解すべきとの見解もあります。
取得条項の発動を争われるような場合には裁判に発展する可能性があります。最終的に裁判で取得条項の発動が許されなかったと認定された場合には、会社は多額の賠償(キャッシュアウト)を余儀なくされる恐れがあります。
また、新株予約権者が誰か(割当先か、会社か)が不明確なまま推移することで、会社の資本政策が不安定になるおそれがあります。
裁判になった場合の見通しを明確に持ち、これをもとに相手(割当先)と交渉し、穏便な解決を図るべきです。
とはいえ、穏便に解決できなければ最終的には裁判となりますので、その際には裁判にて決着させるとともに、交渉中も裁判になった場合を見据えて対応する必要があります。
また、放っておいても行使条件未達・不能で消滅することにならないかの検討も必要です。
行使条件は解釈の余地のある記載ぶりで発行されている場合もあり、この点は交渉の際にも有益な視点となります。
特定の者を狙い撃ちして新株予約権を取得するような場合には、新株予約権発行・割当の趣旨、新株予約権の設計内容、その者の問題性などを具体的に整理して、取得条項を発動することの正当性・合理性を整理しておく必要があります。その上で適切な手続を踏んで、所定の期間で取得条項の発動の意思決定をしましょう。
また、この点で、新株予約権を発行する段階で、新株予約権発行の趣旨を明確にし、割当先との契約でも割当の趣旨を明確にするなど、狙い撃ち的に取得条項を発動することの正当性を支えるような設計をしておくことが望ましいといえます。
新株予約権の一部を取得することとするという定めは必ずしも万全ではありません。この点を意識して設計しましょう。トラブル時にもこの点を意識して交渉しましょう。
Q: 既に発行した新株予約権について、事後的に内容を変更したいのですが可能でしょうか。可能だとしてどのような手続を踏めば良いのでしょうか。
A: 可能です。権利内容の決定につき権限を有する機関にて、新株予約権者から個別同意を取得した上で行うべきです。
新株予約権の内容変更は、会社法上禁止されておらず、一定の手続を経れば可能です。
実務上も、行使期間の延長や取得事由の変更がされることは少なくありません。
新株予約権の内容変更手続としては、変更を決定するべき機関と、新株予約権者の同意の要否を検討する必要があります。
まず、新株予約権の内容の変更を決定するべき機関は、権利内容の決定につき権限を有する機関となります。株主総会が行使条件の決定を取締役・取締役会に委任して発行した場合であっても、行使条件の変更については総会からの明示的な委任を取り付けておくべきです。新株予約権の権利内容の変更は、新たな新株予約権の発行ともいいうるためであり、一度行使条件の決定を委任したからといって、当然に変更についても委任したとはいえないからです。なお、権利内容の実質的変更にあたらないような細目的な変更ならば総会からの明示的な委任なしでも許される余地はありますが、細目的な変更かどうかは解釈の問題を含みますので、可能な限り総会の明示的委任を取得した方が安全です。それでも取締役会の判断で進める場合にはそれが細目的な変更であることについて専門家の意見を聴取するなど十分調査して、進めるべきです。
次に、新株予約権者の同意については、原則として、必要とされます。この点については、例外的に何らの不利益要素もない変更であれば同意は不要との見解もあります。
しかし、これも同様に、何をもって不利益と判断されるかは不明確です。内容変更手続時点では特段不利益といえないような変更でも、将来の可能性を考慮すれば不利益になりうるような変更もあります。同意は必要という前提で進めるべきです。
内容変更の手続を誤ると変更手続が無効になることや、新株予約権行使によって株式を交付する行為も無効になる恐れがあります。新株予約権者の同意なく進めた場合にも同様です。
変更された内容や手続の瑕疵によっては、新株予約権者から損害賠償請求権を行使されるおそれもあります。
上記のとおり、変更について総会の委任を受けることや、新株予約権者からの個別同意を取得することについて特に注意が必要です。
個別同意の取得に際しては、変更の趣旨や同意の真摯性について明確にするため書面を整えます。
これらを経ることができない場合には、その意思決定プロセスの合理性を確保するため、専門家の意見を聴取するなど十分な調査をして検討し、進めていきます。
Q: 優秀な従業員を採用するために、インセンティブを用いてリクルート活動を展開したいと思っています。賃金の通貨払い原則との関係で問題があると聞いたのですが、どのように対処したらよいのでしょうか。
A: そもそも賃金性をもたせないように設計・準備して行います。賃金性をもった設計でリクルートする場合には、賃金の通貨払い原則との関係に配慮しなければいけないので、必要な手当てを講じます。
優秀人材を登用するため、株式報酬を採用の条件としてリクルートする場合があります。
しかし、これらには様々な論点があります。
会社と従業員の関係には労基法の適用がありますが、そこで会社が従業員に付与する報酬が「賃金」であるとき、通貨払い原則や全額払い原則をはじめとする労基法上の規制や民法上の規制が及ぶことになります。
この原則には、例外もありうるところですが、それは解釈の問題を抱えており、これらに違反する場合にはインセンティブが機能しないどころか、違法として契約無効、罰則などのペナルティを受ける恐れもあります。
そこで、そもそも、この原則の適用がない設計、つまり、株式報酬が「賃金ではない」という設計にすることを検討するべきです。
賃金自体は労契法などにも定めがありますが、リスクの点から労働基準法上の「賃金」該当性が問題となります。労働基準法上の「賃金」に該当すると、通貨払い原則や全額払い原則といったような賃金保護規定が適用され、それらの違反については刑罰による罰則もあるためです。
そこで労基法上の「賃金」の意義ですが、これは「賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」と定義されています。
I. これを要素に分解して検討すると、まず「労働の対償」であることが賃金の要件となります。「労働の対償」かどうかの判断は容易ではないため、行政実務上は、「労働の対償」としての賃金ではない金銭的給付のカテゴリーとして、「任意的恩恵的給付」、「企業設備・業務費」、「福利厚生給付」という3つの概念を立てています。
まず、「任意的恩恵的給付」は、結婚祝金、死亡弔慰金などが典型例です。退職手当や賞与なども、支給するか否か、支給の基準や条件がもっぱら使用者の裁量に委ねられているかぎりは、任意的恩恵的給付にカテゴリーされます。しかし、これらであっても、労働協約、就業規則、雇用契約などの就業条件においてあらかじめ支給条件が明確にされ、この条件を満たす場合に使用者に支払義務を生じさせるものは、最早任意的恩恵的給付ではなく「労働の対償」であって、賃金となります。
次に「企業設備・業務費」は、作業服、出張旅費、社用交際費などが典型例です。その支給基準が定められているかぎり賃金となります。
「福利厚生給付」は、労働者の福利厚生のために支給するものです。生活資金・教育資金などの資金貸付、労働者の資産形成のための金銭給付、住宅の貸与などが典型例です。家族手当や住宅手当についても、上記と同様に賃金規程等で制度化されて就業条件の内容をなし、支給条件が明確化されているかぎり、最早福利厚生給付ではなく「労働の対償」であって、賃金となります。
II. また、「賃金」該当性のもう一つの要件として、「使用者が労働者に支払うもの」があります。レストランなどでの客からのチップは使用者が支払うものではないので「賃金」には該当しないと説明されます。
株式報酬で検討してみると、使用者である株式会社の代表取締役が保有する当該株式会社の株式を対象にして、一定条件を達成した場合に当該株式を交付する権利を付与するコール・オプション設定契約などについては、趣旨こそ会社の成長に向けたものであってインセンティブプランのひとつではありますが、給付主体が使用者である株式会社ではないため、この要件を満たさず、「賃金」該当性が否定されます。
賃金に及ぶルールには民法上のものと労基法上のものがあります。
I. 民法上のルール
民法上は、後払い原則(労働が先、賃金は後というもの。任意規定)、履行割合支払い原則(一定の場合にすでにした履行の割合に応じて賃金を請求できるというもの)、使用者の責めに帰すべき事由のある場合のノーワークノーペイ原則の排除といったルールがあります。
株式報酬を付与する際にはその割当契約や要項などによって、これら民法上のルールは必要に応じて修正されて規律されています。この点、民法上のルールそのものは強行法規ではないものの、後記の労働法の趣旨を踏まえ、具体的な事実関係によっては著しく不当な場合には無効となって、民法のルールどおりの法律関係として処理される可能性もありうる点には注意が必要です。
II. 労働法上のルール
賃金は、労使間の力関係に差がある中で通常ある程度集団的に決定されるものであるため、労使対等の交渉・やりとりが実現するよう法が後見的に介入するべき場面があります。この観点から労働法上様々なルールが設けられています。例えば、通常時の賃金支払いの確保のための方策として通貨払い原則、直接払い原則、全額払い原則などが定められています。これらは労働者の生活の糧である賃金が全額確実に労働者の手に渡るようにするための原則です。株式報酬の関係では特に通貨払い原則、全額払い原則が問題となりますが、これらはQ●、Q●で詳細に取り上げます。
他にも国籍・信条・性別・労働組合の正当な活動・育児・介護等の一定の事由による賃金の不利益取扱いの禁止や同一労働同一賃金の原則があります。
まず、新株予約権の検討です。
「都道府県労働基準局長宛て、労働省労働基準局長の通達」(平成9年6月1日付け基発第412号)では、「ストック・オプション制度では、権利付与を受けた労働者が権利行使を行うか否か、また権利行使するとした場合において、その時期や株式売却時期をいつにするかを労働者が決定するものとしていることから、この制度から得られる利益は、それが発生する時期及び額ともに労働者の判断に委ねられているため、労働の対償ではなく、労働基準法第11条の賃金には当たらないものである。」とされています。
つまり、ストック・オプションは、そもそも賃金ではないため、通貨払い原則が問題にならないと整理されているのです(逆に、(当然のことですが)会社が一方的に、従業員の賃金(月給など)の代わりにストック・オプションを支給することは許されません)。
しかし、ストック・オプションを制度として導入するのであれば、就業規則に記載しないといけません(「都道府県労働基準局長宛て、労働省労働基準局長の通達」(平成9年6月1日付け基発第412号))。そうなれば労働条件の内容を構成します。つまり、制度として定めたときには、ストック・オプションであっても、結局通貨払い原則をはじめとして労基法上の規制が生じるということには注意が必要です。
次に株式です 。
株式を報酬として交付することについて、それが賃金としてのものにかどうかについては、長らく公的な解釈が示されていない論点でした。しかし、2022 年 7月のコーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGS ガイドライン)の改訂で、一定の要件を満たす場合は、通常、「福利厚生施設」に該当するものと解することが考えられるとするなど、一定の整理がなされています。
具体的には、実態等をみて総合的に判断されるべきではあるものの、一定の要件(以下の①~③の全て)を満たす場合には、「賃金」には該当しないものと整理できるものとされています。
①通貨による賃金等(退職金などの支給が期待されている貨幣賃金を含む。以下同じ。)を減額することなく付加的に付与されるものであること。
②労働契約や就業規則において賃金等として支給されるものとされていないこと
③通貨による賃金等の額を合算した水準と、スキーム導入時点の株価を比較して、労働の対償全体の中で、前者が労働者が受ける利益の主たるものであること
③のように、通貨による賃金等が、労働者が受ける利益の主であれば、自社株式付与の福利厚生性を肯定する方向に働きます。退職金のために導入されているなどその支給時が退職時として設計されている場合には、退職するタイミングを予測できず、その時価をあらかじめ見込むことは不可能です。こうしたときには利益の大小ではなく、制度設計として、通貨による賃金等が報酬体系の中で補助的なものであり、自社株式給付によって得られる利益が主とされていると解されるかどうかによって整理されるとの見解が示されています 。
なお、賞与(任意的恩恵的給付)に該当しないか、という点も検討の余地があるように思います。つまり、支給するか否か、支給の基準や条件がもっぱら使用者の裁量に委ねられているかぎりのものとして設計すれば、任意的恩恵的給付にカテゴリーされ、賃金性が否定される余地もあるように思います。
このように、新株予約権の場合には賃金性の問題は比較的単純に解消されうるものですが、株式の場合には「福利厚生施設」に該当するかについて一定の要件を個別具体的な事情をもとに検討しなければいけません。
Q:株式報酬を出すにあたって、クロ―バック条項やマルス条項を取り決めた方が良いのでしょうか。また、これらの条項を巡ってトラブルにならないでしょうか。
A:ガバナンスの観点からはこれらの条項があることは望ましく投資家からの理解も得やすくなります。これらの条項を発動するにあたっては、不当な権利侵害とならないようによく要件を検討の上、発動前には事前によく協議して一定のコンセンサスを得たうえで行います。
「クローバック条項」とは、一定の事由が生じた場合に、給付済みの報酬を返還させる条項を指します。「マルス条項」とは、一定の事由が生じた場合に、給付済みのオプションやユニットを没収・無効にする条項を指します。
これらは、不祥事・巨額の損失が生じた場合のような役員責任を取るべき事態など給付を保持させるべきでない状況に備えるものです。
こうした事項は会社の成長と報酬との連動性を給付後にも残すものであって、少なくともガバナンスの観点からは望ましいものですので、株主や投資家から評価されるものといえます。
一方で、これらの条項の発動は、権利をはく奪することですから、その要件が備わっているか、備わっているとしてどの程度の権利をはく奪するかなど、発動やその態様には慎重であるべきです。通常はクロ―バック条項やマルス条項の発動条件や態様の取り決めを取締役会決議や任意の報酬委員会の諮問を経るものなどとしておくことで手続の正統性を確保しておくなどします。
Q:ベスティング条項を設けたいと思っていますが注意するべき点などはありますか。
A:まずそもそもの要否を検討します。取り入れる場合には、どのようなベスティングにするか業態や権利行使条件の定め方を踏まえて検討し、クロ―バック条項やマルス条項の導入も検討します。
ベスティングとは、権利行使可能数を時の経過とともに段階的に引き上げる条項を指します。
ベスティングを付けていなければ付与対象者が権利行使条件を満たし、全てこれを行使してすぐに退職してしまうリスクがあります。業態や(ベスティング以外の)権利行使条件の定め方によっては、付与対象者には一定期間在籍していてもらうことを想定しているような場合もあると思います。こうした場合にはベスティングがないと真にインセンティブとしての効果を期待することができません。
一方、ベスティングには注意も必要です。権利行使条件の判定基準時とベスティング期間とに相当の間隔があるときには、ベスティング期間満了を待つためだけに在籍する者が現れるリスクです。あらゆるインセンティブに共通するリスクではありますがこれに対策するためにはクロ―バック条項やマルス条項を盛り込むことが考えられます。
このように、ベスティングをつけるべきかどうか、ベスティングをつけるとして最適な設計はどのようなものかは、業態、設計すべき権利行使条件、クロ―バック条項やマルス条項など全体の設計にかかわるところであり、ベスティングの定め方も様々なバリエーションがあります。ベスティング条項についてはよく吟味して設計することが重要といえます。
Q:私は代表取締役として、総会で決めた総額の範囲内で個々の役員の報酬を決めていますが、この報酬の決め方について責任を問われることはあるのでしょうか。
A:個々の役員の報酬の決定も業務執行の一つであり、これに善管注意義務違反があれば責任を問われ、株主代表訴訟が提起される場合もあります。
ユーシン事件(東京高判平成30・9・26資料版商事法務416号120頁、東京地判平成30・4・12資料版商事法務416号128頁)は、株主総会で報酬上限枠のみを定め、その範囲内で取締役会が代表取締役に一任して、代表取締役が決定した報酬の額が不合理であるとして、善管注意義務違反が争われた事案です。
同判決では、「本来、会社の取締役会ないしその構成員である取締役が果たすべき代表取締役の業務執行の監視監督の機能が働かない状況の下で、再一任を受けた代表取締役は自らの報酬額まで決めることになることを考慮すると、取締役会から各取締役の報酬額の決定を再一任された取締役は、具体的な報酬額を決定するに当たり、他の職務を遂行する場合と同様、善管注意義務(会社法330条、民法644条)及び忠実義務(会社法355条)を尽くす必要があり、これらの義務に違反して会社に損害を与えたときは損害賠償義務を負うと解するのが相当である」として、具体的な報酬額の決定がその方法や内容いかんによっては、損害賠償義務を発生させるものとしました。
その上で、損害賠償義務が発生するような善管注意義務違反かどうかの判断について、具体的な報酬額の決定は、各取締役の業績をどのように評価し、どの程度の報酬を支給すると決定するかという極めて専門的・技術的な判断を要し、会社の業績に少なからず影響を与える経営判断であるから、取締役会ないしそこから再一任を受けた代表取締役はそうした評価・決定をするにつき広い裁量を有するとした上で、基本的には、報酬決定に至る判断過程やその判断内容に明らかに不合理な点がある場合を除き、報酬決定を行ったことについて善管注意義務違反により責任を負うことはないとしました。
ユーシン事件では、結論、義務違反を認めませんでした。しかし、手続の審査のみにとどまらず、報酬額を決定するまでの背景事情について個別具体的に詳細に事実認定をしていました。裁判所の認定や評価についても様々に異論があるところであり、各国において報酬がガバナンスの最も重要な論点として扱われ、その意義が国内でも再度注目されてより重視されるようになった昨今においては、今後同様の事案であっても同じ結論になるとは限りません。
善管注意義務違反を疑われるほどに会社価値を毀損しかねない報酬設定は控えるべきであって、設計段階でも注意するべきです。
正当な報酬を確保し、かつ報酬が正当であることをもって会社価値も上がる、そうした報酬設計が理想的であることは繰り返すところです。しかし、投資家からの評価の良し悪しのレベルを超えて、報酬額決定の不合理性を理由として、代表取締役が責任追及されレベルまでになれば事態はより深刻です。
善管注意義務違反が認定されるようなことがあれば会社に対して損害賠償責任を負うことにもなります。
代表訴訟を提起された後になっては、経営判断原則に違反することがないことを支える事実と証拠を整理して訴訟対応していきます。
将来の業績を予測して、その予測のもとで報酬額を決めるなどすると、報酬額支給時点では予測した業績が達成されていなかった場合にその報酬額の不当性が問題となります。
これについて善管注意義務違反を問われないように、経営判断原則に適合することを支える事実と証拠を整理しておくことも有効です。
しかし、そもそも、業績を事後評価して報酬を決定する仕組みにしておけばこうした問題は生じません。
将来の業績をもとに報酬を決めるべき場面といえども、その予測に不安定さがあるような場合には、株主・投資家の信頼を損ねることのないよう、そもそも報酬支給の方法からよく検討しておくべきと思います。
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